米国の国際戦略問題研究所(CSIS)はワシントンDCに本部がある民間シンクタンクです。国家安全保障分野の有力シンクタンクとして、日本の研究機関や政治家との交流も少なくありません。
保健分野が国家安全保障の重要課題であることは、いわば国際社会の常識でもありますが、今回のCOVID-19パンデミックでは、世界中の国々が(米国やもちろん日本も含め)、そういうことを言っている割には、ずいぶん手を抜いてきたなあ・・・ということがはしなくも明らかにされました。
皮肉をいうつもりはありません。ただし、これは何もCOVID-19の登場を待つまでもなく、40年におよぶHIV/エイズの流行と世界中の人たちが血と汗と涙を流して闘い続け、その体験を通して訴えてきたことでもあります。
そして、その40年間の努力が一定の成果を上げ、自己満足が地球上を覆いつつある現状が、HIV/エイズ対策を窮地に追い込む要因になりつつある。このことは実はCOVID-19の登場の前から指摘され、しかも、新たなパンデミックの広がりによって、一層、明らかになろうとしています。
CSISのグローバルヘルス政策センター(GHPC)が、その現状を報告する『パンデミックパラドックス- 瀬戸際のHIV対策』という5回シリーズのドキュメンタリーフィルムを作成し、公開を始めています。このフィルムには注目したい。
https://www.csis.org/programs/global-health-policy-center/hivaids/pandemic-paradox-hiv-edge
公開されているのはまだ、シリーズの第1章『私は心配です』だけですが、個人的に、これは日本語版があったらいいなあ・・・とついつい思ってしまい、あくまで私家版の仮訳として訳文を作ってみました。映像に字幕を付ける技術などなく、さすがに勝手につけたら大目玉を食らいそうでもあるので、参考情報というか、ご愛嬌として当ブログに仮訳を紹介します。悪しからず。まずは、紹介文の一部から。
《米国戦略国際問題研究所(CSIS)グローバルヘルス政策センター(GHPC)は、5つのエピソードからなるドキュメンタリーシリーズ『パンデミックパラドックス- 瀬戸際のHIV対策』をお送りします。最初の症例報告から40年、コロナウイルス・パンデミックの開始から数カ月を経て、HIV/エイズの流行が再燃の危機にあることを取り上げた長編フィルムです。このドキュメンタリー制作のプロジェクトは、米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)のアンソニー・ファウチ所長や国連合同エイズ計画(UNAIDS)のピーター・ピオット元事務局長ら世界的なHIV/エイズ対策分野の最も著名で影響力のある人たちの声を多く取り上げています。また、 南アフリカのクワズール・ナタール州やハウテン州;ウクライナのオデッサ市とキエフ市;そしてアメリカの南部および西部で、HIV/エイズの脅威と闘う多様なコミュニティを取材し、オリジナル映像とインタビューで伝えています。
『パンデミックパラドックス』はCSISのJ.スティーブン・モリソン上級副代表とピーボディ、エミー両賞を受賞したジャーナリスト、ジャスティン・ケニー氏(Small Footprint Films)による3番目のコラボレーション作品です》
これから9月までの間に2~5章が公開されるようですが、そこまで手が回るかどうか。第1章だけでもえらく時間がかかってしまったので、たぶん、回らないと思いますが・・・。
仮訳にはフィルムの何分ぐらいのところをみればいいのかも、一応、表示しておきます。
1982年12月17日
6秒
謎に満ちた致死的な病気に医学が困惑しています。
後天性免疫不全諸侯群(エイズ)
クレジット(字幕)
19秒
この傾向が続けば、エイズは極めて致死率が高い状態のまま何十年も残るでしょう。
33秒
たくさんの友だちが死んでいくのを目の当たりにしました。平均で15カ月の間に骨と皮のような状態になっていくのです。
48秒
1週間に何人くらいの患者を診るのですか。
平均すると週に300人くらい。どのくらいの人が亡くなるのかということですか。この病気の致死率はほぼ100%です。
1分5秒
1981年6月に発見されて以来、HIV/エイズで亡くなったアメリカ人は、第一次、第二次世界大戦とベトナム戦争の米兵の死者の合計を上回っています。70万人以上です。
1分23秒
世界全体では3200万人が亡くなりました。これまでにHIVに感染した人は7500万人に達しています。
1分33秒
死者数と新規感染者数は2000年以降、大きく減少していますが、それでもなお、極めて危険なレベルです。
1分45秒
2003年1月28日(字幕)
世界が直面する厳しい危機に緊急の対応をとるため、私は今夜、エイズ救済緊急計画を提案します。
1分51秒
エイズの終結は視野に入っている。多くの人がそう思っています。
何十億ドルもの資金が投入され、抗レトロウイルス薬による治療の大規模な普及が可能になりました。2500万人のHIV陽性者がすでに治療を受けています。予防にも大きな進歩がありました。治療を受けることで、他の人への感染をゼロに減らせることが分かっているのです。
2分17秒
他にもいくつか予防技術の革新がありました。最新のものでは曝露前予防服薬(PrEP)があります。このような歴史的成果と何十億ドルもの研究開発への投資にも関わらず、流行を最終的に制圧するための基本的なツールであるワクチンも治癒もまだありません。
2分41秒
2019年5月1日
3分13秒
私たちの郡ではいまなお最大の課題はスティグマです。人びとはいまもこの病気を恐れています。検査を受けることを恐れ、感染を知ることを恐れています。
3分18秒
リサ・ブリセンダイン
イーストアーカンソー・ファミリーヘルスセンターHIV/エイズ管理コーディネーター(字幕)
3分27秒
リサ・ブリセンダインは、アーカンソー州クリッテンデン郡でHIV陽性者のケアとサービスのための支援を行っています。
3分37秒
郡の住民の半数はアフリカ系アメリカ人で、5人に1人が貧困層です。州内で最もHIV陽性率が高い地域の一つであり、多くの陽性者が孤立や貧困、差別、ホモフォビア、住居不在、精神障害などと闘っています。
4分
家族の中には受け入れてくれない人がいるかもしれません。わざと異なる扱い方をされるかもしれません。どうしてそうなるのか、いまも考えています。
このベッドで寝る必要はないかもしれない。並んで寝たり、同じ食器を使ったりするのはいい気持ちがしないのかもしれない。
4分19秒
ブリセンダインと同僚たちは、コミュニティから排除されがちな人たちを訪ね、手遅れになる前に必要なことを伝えようとしています。
4分30秒
ジョセフ・マクギネス
医療助手、イーストアーカンソー・ファミリーヘルスセンター(字幕)
最大のリスクファクターは若いゲイ男性です。医療提供者なので、私たちには分かりますが、HIV感染と診断された若者が週に1人は来る。啓発キャンペーンはどこにいったのか、知識はちゃんと提供できるはずなのに、こうしてやってくる人たちには届いていない。どうなっているのかと思わざるを得ません。
5分5秒
南アフリカは依然、世界の流行の中心です。週に4500人がHIVに感染しています。そのうち1500人は思春期の少女と若い女性です。
5分27秒
私は23歳です。HIV陽性です。
5分35秒
自動的にHIV陽性になったわけではありません。2017年11月23日でした。妊娠していました。
5分52秒
ボーイフレンドが陽性で、でも彼はそのことを私には告げなかったのです。
6分8秒
南アフリカ東部のクワズール・ナタール州では女性の60%がHIVに感染しています。
6分40秒
6分48秒
6分58秒
そのウクライナ第三の都市オデッサは、国内で最も陽性率が高い都市でもあります。
7分7秒
地元のプロバイダーが移動クリニックを展開し、注射薬物使用者やセックスワーカーといったキーポピュレーションの人たちにサービスを提供しています。
7分25秒
ロシアのHIV感染の急増とは対照的に、ウクライナは目覚ましい成果を上げてきたものの、それでも最新の予防ツールが普及しているわけではありません。
7分36秒
サービスを受けに来ますか?
7分40秒
セックスワーカー(字幕)
7分45秒
たぶん何回かは?
誰か、PrEPを進める人はいましたか?
PrEPはいません。
7分53秒
PrEPについて知っていますか。(字幕)
8分
誰かパートナーがHIV陽性の時に、予防のためにあなたが服用する・・・。(字幕)
PrEPについて聞いたことがありますか?(字幕)
いいえ。(字幕)
8分8秒
2020年初頭の段階でPrEPにアクセスできる人はキエフで200~300人でしょう。
8分20秒
2018年7月23日(字幕)
流行のリスクが戻り、制御不能になるおそれを専門家が警告する中で、第22回国際エイズ会議が本日、アムステルダムで開会します。
8分32秒
世界的エイズ会議
世界の流行はまだ終わっていないと組織委員会は警告しています。(字幕)
事態は悪化しています。
リンダ-ゲイル・ベッカー 国際エイズ学会理事長(字幕)
東ヨーロッパ・中央アジア地域では、2010年と比べると新規感染が30%増えています。
8分40秒
グッドモーニング・ヨーロッパ 国際エイズ会議
感染率増加について議論する第22回国際エイズ会議
ユーロニュース(字幕)
感染が実際に増加している世界中の国では、感染率が上昇しているとしても、制御の方法は分かっているのです。
8分51秒
アムステルダム会議後も、HIV分野の著名な指導者の多くが警鐘を鳴らしています。
8分58秒
ピーター・ピオット、医学博士
国連合同エイズ計画(UNAIDS)事務局長(1995-2008)(字幕)
HIV対策はいまが重大な瞬間です。明らかに自己満足があります。
9分7秒
アンソニー・ファウチ、医学博士
米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)(字幕)
新規感染を抑え続けなければ、リバウンドの危険が常にあります。
9分16秒
1340万人のHIV陽性者が抗レトロウイルス治療を受けられずにいます。(字幕)
9分18秒
サリム・アブドル・カリム、医学博士
南アフリカ・エイズ対策研究センター(CAPRISA)(字幕)
最近のHIV流行の軌跡は非常に心配です。後退の可能性があります。
9分29秒
再燃のリスクが高い。そのことを目の当たりにしています。
サンダイル・ブテレジ、医学博士
心配なのは自己満足です。
9分38秒
HIV/エイズ対策が後退するのではないか。本当に心配しています。
9分44秒
ジュリー・ガーバーディング、医学博士
米疾病対策センター(CDC)所長(2002-2009年)(字幕)
崩壊してしまうことが本当に心配です。
9分46秒
エイズはいまなお問題である。それがメッセージです。
9分48秒
マーク・ヘイウッド
エイズアクティビスト(字幕)
私たちには闘う理由があった。人びとが死んでいたのです。そして今なお死んでいます。
9分55秒
2018年には77万人がエイズ関連の疾病で亡くなりました。(字幕)
9分58秒
マーク・ダイブル、医学博士
エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)事務局長(2012-2017年)(字幕)
数学の問題です。若者の感染率を80〜90%下げることができず、50%しか検査を受けていない状態が続けば、流行は制御できません。
10分8秒
ミシェル・カザツキン、医学博士
エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)事務局長(2007-2012年)(字幕)
機会を逃しつつあります。時間を空費しているのです。
10分11秒
カライシャ・アブドル・カリム、疫学者、CAPRISA科学担当副所長
予防戦争には勝てていません。成果は上げていますが、HIVを止めたといえる状態ではありません。
10分21秒
2018年には170万人が新たにHIVに感染しています。(字幕)
10分24秒
リンダ-ゲイル・ベッカー 国際エイズ学会理事長(字幕)
この流行に対し、私たちは前進を続けなければ、後退してしまいます。いいですか、前進は段階的に進むものですが、後退は迅速かつ壊滅的ですよ。
10分35秒
ケネス・コール
服飾デザイナー、アクティビスト(1985-現在)(字幕)
これまでの成果をさらに進めるつもりがないのなら、継続的に資金を提供する必要はありません。そうすれば感染の拡大は確実に過去の状態に戻ってしまいます。その時、終息に向けた資金を集めようとしても、これまでのようにはいきません。
10分58秒
2020年6月8日(字幕)
11分7秒
J.スティーブン・モリソン
CSISグローバルヘルス政策センター、VICW上級代表兼ディレクター(字幕)
私たちがHIV対策に献身的に取り組んできた著名な医学者、改革者、ケア提供者と話をしたのはcovid-19が広がる前でした。
11分18秒
アーカンソー州やクワズール・ナタール州、オデッサの人たちと話をしたのもcovid-19が広がる前です。HIVに感染している人、感染を恐れている人、そして社会的な権利を奪われ、排除されている人のケアにあたる人たちです。
11分34秒
その会話を通しHIV/エイズを取り巻く大きなパラドックスを明らかになりました。
11分40秒
注目すべき歴史的成果が自己満足をもたらし、前進を阻む構造的障壁にも直面しています。それがいまは、後退を促す高いリスクになっています。
11分53秒
コロナウイルスが世界に広がり、HIV/エイズ対策の過去20年に及ぶ目覚ましい成果をさらに脅かしています。
12分3秒
政治的関心が薄れ、資金が流用され、社会と医療システムが圧倒されてしまうとしたら、それは同時に、パンデミックに備えるには持続可能で、かつ強力な投資の必要があることを新たに認識する機会にもなるのです。