『低・中所得国のHIV治療に使われるジェネリック抗レトロウイルス薬の供給と価格に対し、COVID-19対策がもたらす影響』 エイズと社会ウェブ版489

 新型コロナウイルス感染症COVID-19の流行が社会に及ぼす影響は大きく分けて二つあります。一つは病気そのものによる直接の影響。そして、もう一つがその拡大を抑えるための対策がもたらす影響です。

 ちょっと前までならともかく、いまはもう、説明するまでもありませんね。世界中がその二つの影響をいやというほど受けています。だから言わんこっちゃないとは、あえて言いません(ん、言ってる?)。HIVエイズの困難な流行に直面し続けてきた経験がありながら、その教訓が十分に生かしきれているとは思えない。それどころか、なんとかここまでこぎつけたHIV/エイズ対策も、新たに登場したもう一つのパンデミックの対応に振り回され、動揺している状態です。

 2030年までに「公衆衛生上の脅威としてのエイズの流行」を終結に導こうという国際共通目標はどうなるのか。低・中所得国におけるHIV治療の普及はその目標を達成するための大前提なのですが、COVID-19がそれを困難にしつつあります。

 国連合同エイズ計画(UNAIDS)はインドでジェネリック抗レトロウイルス薬(以下ジェネリック薬)を製造する製薬会社8社、およびインド以外でジェネリック薬を製造している7カ国を対象に行った調査の結果を報告書にまとめました。報告書の日本語仮訳PDF版をAPI-Net(エイズ予防情報ネット)で見ることができます。

api-net.jfap.or.jp

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 インドの製薬8社が世界のジェネリック薬の80%を製造し、さらに他の7カ国を含めると『低・中所得国で使用中のジェネリック抗レトロウイルス薬は、これらの国でほぼすべてが製造されています』ということです。

 報告書によると、COVID-19を抑え込むためのロックダウン、国境閉鎖、人の移動制限といった対策がいま、じわじわとジェネリック薬の供給体制にダメージを与え、価格も上昇することが懸念されています。つまり、生きていくために必要な抗レトロウイルス薬が手に入らず、多くの人が死に追い込まれる事態もまた迫っているのです。

 6ページの報告書の最初のページに紹介されているキーポイントを採録しておきましょう。

 

キーポイント

■ ロックダウンはHIV治療薬の製造と配送に関するバリューチェーン全体を通じ物資輸送に影響を与えている。

■ サプライチェーンが停滞し、経済ショックも予想されることから、抗レトロウイルス薬の入手に見通しが立たず、それがコストを押し上げている。

■ 製薬会社は原材料などの物資調達が困難になり、数カ月後には生産が中断される恐れもある。

■ 各国は抗レトロウイルス薬の在庫レベルを点検し、在庫切れの回避に備えなければならない。

■ 各国政府はサプライチェーンを維持し、治療薬が医療施設に届くよう対応策の調整を進める必要がある。

■ 購入者(ドナー国・組織、各国政府)は、各国政府と供給者との間の透明かつタイムリーなコミュニケーションを促すべきである。

 

 そして、世界保健機関(WHO)とUNAIDSが招集した数理モデル研究班による以下のような予測も報告書には紹介されています。

 『COVID-19の流行中に保健医療サービスと医薬品の供給が途絶えないようにする対策をとらず、抗レトロウイルス治療が6カ月中断することになると、サハラ以南のアフリカだけで2020年から21年の間にエイズ関連の死者は50万人増える恐れがあります』

 おそらく最新の推計は7月6日にUNAIDSが発表され、そこで2019年末のエイズ関連の疾病による死者数が明らかにされると思いますが、現時点では2018年末時点の数字がUNAIDSの最新推計です。その推計によると2018年のエイズ関連疾病による死者数は世界全体で年間77万人でした。その現状に加え、さらに50万人以上が亡くなる・・・そうした事態の回避に向けて緊急に対応するための政策提言も報告書には掲載されています。

 当面の危機に対してはそれぞれの国が責任を持って国内の対策を進める必要がありますが、同時にパンデミックへの対応は一つの国の中だけでは完結しないという現実もあります。国境を閉ざし、人と人との距離を引き離す。その対策の中で、世界は、そして個人もまた、大いなる疑心暗鬼を体験しつつ、それでも人と人とのつながりを保つこと、連帯し、信頼することの大切さを再認識せざるを得ない。私たちがそうした現実の中に身を置いていることをHIV治療の文脈から改めて痛感させる報告書でもあります。