トークイベント「2020年、東京で目指す90-90-90」 エイズと社会ウェッブ版424

  ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会にあわせて開設されたプライドハウス東京2019(東京都渋谷区神宮前6-31-21、subaCO内)で10日夕、トークイベント「2020年、東京で目指す90-90-90」が開催されました。

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 プライドハウス東京は国際スポーツイベント開催時にLGBTと総称されることが多いセクシャルマイノリティの人たちが安心して過ごせる場所であり、同時に性の多様性やセクシャルヘルスに関する情報発信の拠点でもある施設です。

 セクシュアルヘルスの観点からは、国連合同エイズ計画(UNAIDS)とも協力の覚書を交わしており、今回がその協定プログラムの第1弾となりました。

 イベントではまず、「プライドハウス東京」コンソーシアムの松中権代表が、スポーツ界はLGBTへの理解に関してはファイナルフロンティアともいわれてきたと述べつつ、プライドハウス開設の経緯やHIV/エイズを含むセクシュアルヘルス啓発でUNAIDSと協力することの意義を報告しました。

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 このあと、特定非営利活動法人ぷれいす東京の生島嗣代表から「日本のNGOの現場から見える、日本と東アジアのHIVの現状と課題」をテーマにお話しがありました。厚労省エイズ動向委員会の最新のデータや内閣府による世論調査、U=U(ウイルス量が検出限界以下に下がれば、HIVの性感染は起きない)という国際キャンペーンの紹介などを交え、大変、勉強になりました。

 続いて、UNAIDSのアジア太平洋地域事務所(バンコク)のプログラムアドバイザー、サリル・アナカダンさんが登壇。予防対策の成果でアジア太平洋地域の年間新規HIV感染件数は減少を続けているが、最近の8年間は減少率が鈍化しており、このままでは「90-90-90」の目標は達成できないということを最新の分析をもとに報告しました。

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 鈍化の理由は、予防対策に必要な政治的な意思が十分に示されず、各国のHIVに対する社会的な関心も低下していること、セクシュアリティを含めHIV/エイズに関連するスティグマや差別の意識がいまなお強く残ることなどを挙げています。

 アジア太平洋地域の減少傾向は全体としてみれば続いているものの、国別に2010年と2018年の新規感染を比較すると、増加しているところもあります。データで示されているのは、フィリピン(約203%増)、パキスタン(57%増)、マレーシア(4%増)でした。

また、アジア太平洋地域の新規HIV感染の8割は中国、インド、インドネシアパキスタンの4カ国で占められているということです。

 トークイベントのタイトルにもなっている「90-90-90」はUNAIDSが提唱する国際社会の共通目標で、2020年末までに

HIV陽性者の90%が検査で自らの感染を知り、

・感染を知った人の90%が体内のHIVの増殖を抑える抗レトロウイルス治療を受け、

・さらに治療を受けている人の90%が体内のウイルス量が極めて低く抑えられている

という状態の実現を目指しています。

 この目標が重視されているのは、HIV陽性者の体内のウイルス量が検査をしても検出できないほど低く抑えられていれば、HIVに感染している人から他の人への性感染のリスクはゼロになることが最近の数々の研究で明らかにされているからです。

 90-90-90が実現すると、HIVに感染している人のうち、検査で感染を知り治療につながった人の割合は90%×90%で81%、さらに治療を継続してウイルス量が低く抑えられている人は81%×90%で、72.9%になります。つまり、ほぼ73%のHIV陽性者は体内のウイルス量が極めて少ないので、他の人に性感染するリスクがなくなります。

 2020年までにこの状態が維持できれば、HIVの新規感染は減っていく。さらに2030年までに95-95-95まで目標を引き上げれば、新規感染は世界全体で年間20万件程度に抑えられる。現在のほぼ10分の1です。「ここまでくれば公衆衛生上の脅威としてのエイズ流行は終結したといっていいだろう」というのが、2016年に採択された国連の政治宣言で国際社会の合意事項になっています。では、現状はどうなのか。

 アナカダンさんによると、世界の現状は79-78-86です。

 この場合、90-90-90達成時の90-81-73に相当する数値は79-62-53になります。

 つまり、治療によって他の人への性感染のリスクがなくなる人はHIV陽性者の53%です。目標には届きませんが、半数を上回る状態まではこぎつけました。

 しかし、アジア太平洋地域では、そこまで達していません。アナカダンさんの報告では90-81-73に対応する数字しか示されていませんが、その数字は

 74-53-45

でした。HIV陽性者全体の半数以下です。

 一方、生島さんの報告の中で示された日本の推計値によると、国内のHIV陽性者のうちウイルス量が検出限界値以下の人は70.3%ということです。かなり90-90-90に肉薄していますが、最初の90の部分が85%程度なので、HIV陽性者の15%前後は自らのHIV感染を知らずにいるということになります。検査の普及が課題とされるのはこのためですが、検査を受けようと呼びかけたり、検査を受けない人はけしからんと嘆いてみたりしても、普及は進みません。どうしたらいいのか、ここが考えどころです。

 国立国際医療研究センターエイズ治療・研究開発センターの田沼順子医師は、「東京オリンピックをきっかけとして未来に何を残すか -性の健康増進のためのレガシー構築を目指して-」というテーマで話をされました。

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 田沼さんは「エイズ流行を終焉させる手段」として、

  1. 早期診断と治療(治療による予防効果、とくに先ほどのU=U)
  2. 感染予防策(とくにPrEP=曝露前予防)

 をあげ、「手段はある。あとは実行のみ」とかなり力強く語っていました。問題は何をどう実行するかですね。「検査を受けよう」と呼びかけて検査を受けるとは限りません。知りたくないという気持ちだってあるし、心は揺れ動きます。

 どうしたら、安心して検査を受けられる、受けたい、という気持ちになるのか。それを探るヒントは現場で長く、そしてたゆみない努力を続けてきた人たちの経験の蓄積の中にあるのではないでしょうか。

 それを生かし切れていないのはなぜなのか、このあたりはもう10年も、20年も前から、それこそ医療が妙に自信をつけて強気の発言を繰り返すようになる前から指摘され続けていました。

 おっと、憎まれ口をたたいている場合ではありませんね。キーポピュレーションとか個別施策層とか呼ばれてきた人口集団の人たちやHIV陽性者のコミュニティと医療関係者の間で、そのヒントを実現に向けて動かす機運もいまは、これまで以上にありそうです。

 今回のトークイベントもそうした動きの反映なのではないかと個人的には思います。UNAIDSとプライドハウス東京の協定がどこかで貴重な化学変化を生み出す触媒役になることも期待したいですね。

 いま目の前にあるラグビーW杯、そして2020年の東京オリンピックパラリンピック、レガシーは目立たないかたちで少しずつ、もう生まれ始めている。

 こういうことを書くと、あんたはいつまでたっても甘いね、と言われてしまうかもしれませんね。来年のオリンピック・パラリンピックまでは、あと10カ月もないかな。この間に東京都が90-90-90に向けたファストトラックシティ(高速対応都市)の宣言をしてくれると、レガシー効果は大きいのだけど、小池百合子知事をはじめ東京都の皆さん、ご検討、いかがでしょうか。

 その資格は十分、あると思うよ・・・、プライドハウスの硬い木製ベンチに2時間も座るという苦行に心の中で悲鳴を上げつつ(老人には酷だよ)、おじさんは改めてそう考えたのでありました。