いまこそ、というわけでもなかったのですが、憲政記念館訪問記

 超多忙な日々の中、どうしても外せない用事があり、本日は東京大遠征を敢行しました。暇を持て余しているように誤解されるといけないので、あらかじめお断りしておくと、国会議事堂前の衆議院憲政記念館を訪れたのは、その時間調整というか、スケジュールに少し隙間ができたためであります。ま、誤解されてもいいけど・・・。入り口で「見学です」と言うと、「解散詔書も見ることができますよ」と受付の女性が教えてくれました。こちらですね。

  

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説明文を採録しておきます。

 『928日、衆議院本会議開会中に菅内閣官房長官から解散の詔書が伝達されました。中央は内閣総理大臣からの伝達書、左は大島理森衆議院議長が読み上げた解散の詔書です』

 だからどうしたと言われると困るのですが、「そうかあ、現下の迷走劇はここから(というか、もうちょっと前からだけど)始まったのか」と思うと、意味もなく重要な歴史の証人になったような気分になります(注:おじさんは権威に弱い)。

 

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 詔書が公開されているのはこの部屋です。『議場体験コーナー』ということで、入ってみると、壇上からは安倍首相の所信表明演説のビデオが流れていました。

 

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その首相と向き合うかたちで、こちら側は議員の席になっていました。見学に来ていた中学生数人がなぜかバンザイをして盛り上がっています。テレビの影響でしょうね。

 

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 「憲政の神様」といわれる尾崎行雄の像です。

 『1952年(昭和27)にこの土地は衆議院の所管となり、1960年(昭和35)には、憲政の功労者である尾崎行雄を記念して、尾崎行雄記念財団によって尾崎記念館が建設され、衆議院に寄贈されました。その後これを拡大して憲政記念館となりました』

    (憲政記念館のパンフレットから)

 ちなみにこの記念館のある土地はかつて彦根藩の上屋敷だったそうです。庭に出ると、皇居並びに丸の内の高層ビル群が遠望できます。

 

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 桜田門も見えますね。幕末の大老井伊直弼はこの高台から江戸城に向かう途中で凶刃に倒れた・・・。亡くなった方には申し訳ないのですが、かなり職住接近だったんだなあ、と小人は不謹慎な感想を抱く。

小学生の頃に訪れた尾崎記念館はもっとこじんまり、かつひっそりと建っていた記憶がありましたが、その後で拡大されたのですね。憲政はますます重視されて現在に至って・・・いるはずなので、幻滅ばかりもしていられません。暗殺も大獄もなく、政治への不信が増幅することもなく(ま、多少は増幅するだろうけど、それでも)、民主主義が曲がりなりにも機能する世の中であってほしい。多くを望む前にまず、投票にはしっかりと行こう。