《ニュースとAVが抱える『リアルな壁』》 エイズと社会ウェブ版278

 「リアルとであう」をテーマにした第24AIDS文化フォーラムin横浜が4日(金)、横浜駅西口の「かながわ県民センター」で開幕しました。毎年8月の最初の金~土曜日に開かれているので、駅から会場まで毎年、汗だくになりながら通った記憶が強いのですが、今年は天候も含め、これまでとは異なる点が3つありました。

 

 1つめは、お天気ですね。なんだろうね、この涼しさはと思いながら会場を訪れる。

 2番目は、会場が縮小気味だったこと。いつも展示用に使われているスペースが他のイベント使用のためふさがっていたので、展示ブースの存在感が弱い印象です。

 

 ただし、じゃあフォーラムに対する関心が急低下したのかというと、そうでもなさそうで、プログラムは充実しています。

 

 そして3番目。個人的にはこれに一番、驚いたのですが、午前10時から2階ホールで始まった開会式は、超満員でした。

 

AIDS文化フォーラムには毎年、たくさんの人が訪れます。ただし、初日は金曜日(つまり平日)で、しかも開会式は午前中なので、例年なら6割ぐらいの入りで、まずまずの出足という感じです。

 

ところが、今年は、用意されたパイプ椅子の椅子席がほぼすべて埋まり、立っている人もいました。

 

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 にわかに国内のHIV/エイズに対する関心が高まった・・・というわけではありませんね。開会式に続くオープニングのトークセッション《ニュースとAVが抱える『リアルな壁』》のゲストが、セクシー女優の吉沢明歩さんと元TBS報道キャスターの下村健一さんのお二人だったからでしょう。それぞれ異なるジャンルで知名度が高い方なので、例年とは異なる層の参加者もけっこう来られていました。望ましい展開ですね。

 

 下村さんには少々、申し訳ないのですが、あえて動員力を比較すればアッキーこと吉沢明歩さんの影響力がとりわけ大きく、会場左前方の四分の一ほどの椅子席はアッキーファンの皆さんで占められていたようです。緻密な計算に基づかずに言えば、3割程度の動員効果でしょうか。

 

 トークはいつも通り、岩室紳也医師の名司会で進行し、TVジャーナリストとして鍛え抜かれた下村さんの話術、AV(アダルトビデオ)の現場体験に支えられた吉沢さんの素敵な存在感がからんで、まさにセックスと報道の「バーチャルとリアル」をめぐる多角的なトークが繰り広げられました。話題はとりとめもなく脱線していきそうになりながら、いつの間にかまた本筋に回帰していくといった静かでスリリングな展開です。

 

 ・・・と、なかなか話の中身に入ろうとせず、周辺をうろうろしているのは、おじさんの身から出た錆といいましょうか。性の話になるとどうも、平常心を失い、自然体でのレポートができなくなってしまいます。その辺を割り引いてお読みいただくようお断りしたうえで、トークの断片をお伝えしましょう(全体像はとても伝えきれません)。

 

 吉沢さんは、AVの仕事の魅力を尋ねられ、「夢がかなう場所、夢が見られる場所」と語っています。女優として出演する立場からも、観る人にとっても、ということです。なるほどと思います。私の個人的な話で恐縮ですが、20年以上も前にニューヨークにいたころ、エイズ教育に携わる人から、性はファンタジーですよと教えられたことがあります。性産業が存在する基盤は、このファンタジーとしての性にあり、エイズ対策もまた、それぞれの人が性に対して持っているファンタジーは極めて多様であることを前提として受け入れない限り、継続していくことはできない。当時はそんなことを考えていたなあと思い出しました。

 

 さらに余分な感想を付け加えれば、吉沢さんの言葉には、ファンタジーはファンタジーとして受け止めてほしい、それをリアルと混同することはできない、あるいは混同しないようにしてほしいという制作の場からのささやかな希望の提示でもあるのかもしれません。

 

 岩室さんは中高生に対し、AV1人で見るな、45人で見ろ、と常々、伝えているそうです。ファンタジーである以上、現実にはありえないことも出てくる。何人かで観ていれば、これはちょっとないよねとか、現実はそううまくいきませんよとか、いろいろと言い合ってバーチャルを相対化できるからです。

 

 ところが一人で観ているとリアルとバーチャルの境界領域を見失い、かえってリアルな世界に対する壁を心につくってしまうことになる・・・そうかあ、とこれも大いに勉強になりました。

 

ただし、悪ガキ歴の長いおじさん層としては、エロ雑誌やAVはそもそも人目をしのんで、一人で見るものでしょうと、人には言えないけれど心の中でひそかに思います。このあたりの領域はどうも、うまく答えが見つけられません。そもそも模範解答を得るよりも、疑問を持つことの方が大切なのかもしれませんね。

 

 AVが売れ続けるのはなぜかと問われて、吉沢さんは「癒しというものがあるのではないか」とも語っています。忙しく日々を送り、ストレスを感じている人に癒しを提供できるからだそうです。

 

 ただし、それできれいにまとまるわけではなく、例えば、レイプを前面に出したAVがあります。そうした作品は、通常のAVよりも売れ行きがいいので、企画が持ち込まれる。そうなると、女性としての葛藤を感じながらも演じることになります。

 

男性中心のファンタジーが、女性のリアルとの間に大きな乖離を生み出す。そうではなく、お互いに共感できる作品を作りたいとも思うそうです。

 

 下村さんは、メディアリテラシーの観点から、情報をどう伝えるかについて、こんな話を紹介しました。

 

 情報はこうこうこうだけど、別の見方もあるよ、ということを教えるべきかどうか、 学校教育の場では、この点をめぐる議論が昔から続けられてきたということです。これはセックスについてどう教えるかにも大きくかかわる問題ですね。下村さんは、サンタクロースはいないということを早くから教えるべきかどうかという議論をとりあげています。

 

小さい子にリアルな現実を告げるのは、早すぎるのではないかという反対論があります。だが、その反対論に下村さんは逆に疑問を持っています。人間にはリアルを知ってもなお、夢を見る能力があると考えるからです。それはそれ、これはこれという分け方は小さい子の中でも可能です。過剰反応を恐れ、何も教えないようにすることは間違いだと思う・・・この辺りは私も、報道の現場で仕事を続けてきた人の経験知ではないかとひそかに推測しました。

 

 エイズ対策の現場に引き付けていえば、コンドームを教えるかどうか、いつ教えるか、といった課題にもつながっていきます。この点で、コンドームの達人であることを自他ともに認める岩室さんは、あたかも存在しないかのようにしてコンドームについて教えないという現在の学校教育のあり方に大きな危惧を持っているようです。

 

 吉沢さんは、これからのAVについて、例えば、引きこもりの人に向けたAVなど、様々なテーマ別の作品があってもいいのではないかとも語っています。例えば、引きこもりの人が観れば、部屋からリアルな社会に出ていきたくなるような、そんな作品も作れるのではないか・・・。

 

 どうしたらそのような作品の成立が可能になるのか、ほとんどすべての関連領域において門外漢である私のようなものが心配しても始まりませんね。でも、専門領域を持つ人たちの対談がAIDS文化フォーラムの場で成立したことがきっかけになり、世に問うことができるようになれば、それはそれで素晴らしいのではないかとは思います。

 

 AIDS文化フォーラムは6日(日)まで開催されています。最終日には私も少しお話しますので、よろしく。