祝・電子出版 『神社とお寺はたのしい』

 もう5年も前のことですが、鎌倉の神社を訪れると、狛犬の前で志村けんさんの「あいーん」をまねる人が急増するという怪現象が巻き起こりました。幸か不幸か道行く人たちのモノマネの精度が低かったようでマスメディアに取り上げられるほどの社会現象にはなりませんでしたが、コロッケさんあたりが駆けつけていたらどうなったか。世の中の混乱を考えると恐ろしくて想像もできません。

 ま、ほとぼりがさめたといいますか、日本社会は落ち着きを取り戻したような、取り戻し損ねたようなよく分からない状態で今日に至っていますが、ここにきてまたまた新たな難題・・・じゃなかった鎌倉にとっては久々の朗報です。なんと鎌倉市民の下あごを何度も突き出させたあの「あいーんの呼吸」の名著、中尾京子さんの『神社とお寺はたのしい』が電子書籍化されたそうです。

https://tabitane.com/book/10018/60018-20100700002-000/

 

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 いやあ、素晴らしい。実は2010年8月には、私のブログ『ビギナーズ鎌倉』の読後感想文欄でも拙い感想文をアップしていました。二度にわたるブログ引っ越しの混乱に紛れ、いつの間にか削除されて見ることができなくなってしまいましたが、そうですか、電子書籍で復活しましたか。ささやかながら当時の感想文をここに復刻再掲載し、お祝いの言葉にかえさせていただきます。

 

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【読後感想文】中尾京子著『神社とお寺はたのしい』(アノニマ・スタジオ) (2010.8.3)

 

 今年の夏は鎌倉を散歩していると、神社の狛犬の顔が志村けんに見えてくる。ペアになった狛犬の右だったか、左だったか。どちらかが口を開き、もう一方は口を閉じている。仁王像などと同じで、これを「阿吽(あうん)」という。つまり「阿吽(あうん)の呼吸」の「あ」と「うん」ですね。狛犬の場合、「吽」は確かに口を閉じているけれど、食いしばった歯がニッと見えていることもある。これが志村けんの「ア・イ~ン」にそっくり・・・と言われて見直すと確かによく似ている。

 『神社とお寺はたのしい』はいま、鎌倉市内の書店で平積みにされている。著者の中尾京子さんに直接の面識はないので、想像するしかないのだが、おそらくはそうとう手強いおばさん(ごめんなさい!)なんでしょうね。鎌倉最古の神社である甘縄神明神社狛犬も中尾さんにかかると、「あい~ん・ライオン」である。歯をむき出したライオン・・・じゃなかった狛犬は、怒っているのか、それとも喜んでニッと笑っているのだろうか。

 それはまあ、いいんだけど、中尾さんのリアルな観察眼のおかげで、読者である私までもが、狛犬を見るたびに志村けんの顔を思い浮かべてしまう。だが、おばさんには許されても、おじさんには許されないということが世の中には少なくない。とりわけ、一定年齢を超えた男性にとって、狛犬を見るたびに思い出し笑いはまずい。明らかに変なおじさん状態である。鎌倉の街を歩いていて、どうも最近、挙動不審のニタニタおじさんが増えたなと思ったら、この本が売れている証拠だと思ってください。

 幸か不幸か、そこまでのベストセラーにはまだ、なっていないようだが、この本の感化力には侮りがたいものがある。増殖の可能性大いにありと言わなければならない。

 裏表紙の内側の著者紹介欄によると、中尾さんは《東京生まれ》で、《大手広告代理店のCMプランナー、コピーライター》を経てフリーになった女性であり、鎌倉に引っ越して《念願の“お祭りに近い暮らし”をはじめて数年》のキャリアを有している。数年もの間、お祭りに近い状態を持続できるというのも脅威であるが、その結果、こんなに楽しい本ができるのかと思うと、おじさんとしては、世の中、どこかおかしい、そんなのないよと慨嘆せざるを得ない。

 第1章の《鶴岡八幡宮へ【まずはご挨拶】》から、第7章の《円覚寺【ボン・ノー? ぜんぜん】》まで、この本で取り上げられている鎌倉はほぼ定番スポットといっていい。つまり、誰もが行ったことがあると思えるような場所が多い。このラインナップで個人的な感想を前面に押し出し、なおかつ、うんちくを傾けるのはかなり勇気がいるはずだが、中尾さんはそれをやすやすとやって見せる。そうか、京都よりも先に鎌倉へ行こう、何回も行こう。そんな気分にさせる魔力はいったい、どこから出てくるのだろうか。

 鎌倉居住歴数年の中尾さんは、鎌倉の神社やお寺に《超現実主義的、ポジティブ視点》を感じ取る。《神社とお寺は、いつでも行くと、私が私であることを「正解」にしてくれます》。なんと、含蓄のあるお言葉ではありませんか。私が私であることがなかなか「正解」にできない。それが時代感覚であるからこそ、鎌倉に来るとほっとするのか。そうかそうか。本の帯には《神社仏閣に囲まれた鎌倉を舞台に全国各地のお寺と神社で使えるオモシロがり方のヒント&知識をご紹介》と書かれているが、このオモシロさ、やはり鎌倉ならでは、という面もあるのでしょうね、おそらく。