友情の起爆力 『愛と差別と友情とLGBTQ+』

 これこそが偏見なのかもしれないと薄々反省しつつ、北丸雄二著『愛と差別と友情とLGBTQ+』を手にしたとき、最初に感じたのは「友情」への違和感でした。「愛」や「差別」なら分かる。でも、「友情」はどうなの? そんな違和感です。

 ただし、著者にしてみれば、そうした違和感が広がったままの社会であることこそが、400ページを優に超える大著を一気に(なのかどうかは分からないけれど、たぶん)書かせる大きな力になったようにも感じられます。

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 どうして「友情」なのか。いったん読み終え、改めて最初に戻ると、北丸さんはプロローグでもすでに、そのことに言及していました。例えば、37ページ。

 『とはいえ、そんな事情を知る由もなかった私の思春期が、一番初めに抱いた疑問は「同性愛」という言葉の意味でした。これは「同性」に対する「愛」の問題なのか、それとも「同性」への「性愛」の問題なのか』

 うかつな読み手である私は、後になってようやく、それが伏線であることに気づきました。また、43ページにはこのような記述もあります。

 『「性」以外の残りの「生」の部分で社会生活を営み、仕事もし、人とも話し、家族親戚とも付き合っているのだけれど、実名でのそんな生活の方が「ウソ」に思えて、匿名でのセックスだけが「本当」の自分に思えてくる。それこそが“倒錯”でした。ですが、どうしようもないのです。それが“倒錯”だと気づいたら、あとはクローゼットから出る以外にない』

 こうした伏線を周到に張ってから、著者はまず、カミングアウトがなぜ必要だったのか、という話題に踏み込んでいきます。

 個人的な話で恐縮ですが、1980年代の終盤から90年代前半にかけて、私は「カミングアウト」をHIVに感染した人が社会的に自らの感染を明らかにして名乗り出ることだと思っていました。ジャーナリズムが感染者探しに血道をあげていた時期でもあり、それ以前に同性愛者が直面していた試練と苦闘の歴史にまでは思いが至らなかったのです。

 そのHIV陽性者のカミングアウトも含め、第1部「愛と差別と 言葉で闘うアメリカの記録」では、しばらくHIV/エイズの話題が続きます。当ブログでも以前、読み始めたときの感想を少し書いたので、よかったらご覧ください。

 https://miyatak.hatenablog.com/entry/2021/08/29/234412

 HIV/エイズの流行をニューヨークでフォローする新聞記者として、私と北丸さんには共通の取材体験も多く、本書の前半部には「分かるなあ、そうそう」と共感できる部分、再確認につながる記述がかなりあります。したがって、おそらくは他の方たちよりも、すんなりと読み進むことができたように思います。

 一方で、第2部「友情とLGBTQ+ 内在する私たちの正体」は少し時間がかかりました。単なる感想文ではありますが、報告が遅れ、すいません。ただし、異性愛者のおじさん層(ま、平たくいえば私のことなんだけど)にとってそれは、読書という作業を通し、内在しているはずの何かを確認する、あるいは確認せざるを得ないという困難でスリリングな体験でもあります。次々に繰り出される事例は、北丸さん自身の体験であり、同時代に進行する様々な現象の報告でもあり、これまでの歴史の総括でもあります。ミシェル・フーコーが登場するなど、私には難解な部分もありました。それでも、苦労した分だけ認識が開けていくという同時進行的なドライブ感覚は素晴らしものでした。このことは強調しておきたいと思います。

 自らの体験をベースに国際政治の動向から舞台・映像芸術が生まれる現場まで幅広く、歴史的な事実と内実を検証していく作業が、緩急自在の文章力とも相まって、伝えにくいことを伝えきる。そうした困難な作業に成功している稀有な事例というべきでしょう。

 なかでも、瞠目すべきなのは、ホモセクシュアルとして語られてきた関係に対し、ホモソシアルな視点を示しつつ、「同性」に対する「愛」と「友情」の問題を改めてとらえなおしていく丹念な作業(とその成果としての報告)でした。

 著者によると、ホモソシアルはアメリカのクイア理論家イヴ・セジウィックの『男同士の絆 イギリス文学とホモソーシャルな欲望』(2001年)で有名になった概念だということです。ホモソシアルな関係=ホモソシアリティというのは体育会系の学生たちに見られる男同士だけの社会的つながり、紐帯のことで、しばしば女性嫌悪と同性愛嫌悪が伴う・・・。

 おっと、ソシアルな視点が入ると、おじさんとしては、足元がちょっとぐらついてきますね。北丸さんはこうも書いています。

 『ホモソシアルな関係は、男同士でしょっちゅうつるんで、家で待つ妻たちをないがしろにする関係、休みになると家族ほっぽらかしで、やれ草野球だ、やれ草ラグビーだと男同士の集いに精を出す関係に呼び名を与えました』

 草ラグビーか、つらいなあ。いまはコロナでお休みしているけれど、個人的にはかなり痛烈な批判を受けている気もします。

 しかし、ホモソシアルな日常を再認識することは、ヘテロセクシャル異性愛者)であることを疑わないおじさんたちにとって、性的少数者が「性」以外の残りの「生」の部分で息を凝らすように社会生活を営んできたことに思いを致す機会になるかもしれません。少なくともその程度の想像力は持っていたい。

 呼び名を与えられることが認識の変化を促す。それは、ヘテロセクシュアル異性愛者)という呼び名(あり方)を知ったときに、社会的に当然とされていることを疑い、自分とは異なるあり方を認め、同時に自らのあり方も何となく腑に落ちるように位置づけることができる。そんな体験に似ているのかもしれません。

 う~ん、説明しようとすればするほど、北丸さんからは「分かってないね」とお叱りを受けそうな気がしてきました。

 本書の魅力は実は、そうしたおじさん層にも理解が届くようになるべく平易に語ろうという工夫が随所に見られるところにもあります。何かのインタビューで、北丸さん自身が確か、「若い人、そして異性愛者のおじさんには特に読んでほしい」と語っていました。私も、異性愛者のおじさん層にはぜひ、読むことをお勧めしたい。こんな機会を逃す手はないって。

 

 

 

 

 

『不平等にエンド(終止符)、エイズにエンド(終結)、パンデミックにエンド(もう起こさない)』 エイズと社会ウエブ版583

 国連合同エイズ計画(UNAIDS)が2021年世界エイズデー(12月1日)のテーマを公式サイトで紹介しています。

 『End inequalities. End AIDS. End pandemics.』

 「3つのゼロ」ビジョンだとか、90-90-90ターゲットだとか、3つ数字を並べるのがUNAIDSはお好みのようですが、今回は数字でなく「End」の3連荘でした。

 公式サイトの説明によると『エイズ、および他のパンデミックの原因となっている不平等にいますぐ終止符を打つ必要があることを強調しています。不平等に立ち向かう果敢な行動がなければ、HIVの流行は再び拡大し、COVID-19のパンデミックは長期化して、社会、経済的危機がますます深刻化していきます』ということです。

 6月のエイズに関する国連総会ハイレベル会合で採択された2021年政治宣言でも強調されている考え方ですね。コロナ対策とのシナジー(相乗効果)の必要性もアピールしています。

 日本語にするにはどうしたらいいか。ちょっと苦しいかもしれませんが、『不平等にエンド(終止符)、エイズにエンド(終結)、パンデミックにエンド(もう起こさない)』と訳してみました。もうちょっと切れ味のいいコピーがあればご連絡ください。

 以下、公式サイトの紹介文の日本語仮訳です。キャンペーンの冊子やポスターなどは後日、発表されるようですが、とりあえず。

 

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www.unaids.org

  

不平等にエンド(終止符)、エイズにエンド(終結)、パンデミックにエンド(もう起こさない)

 今年の世界エイズデーに際し、UNAIDSはエイズ、および他のパンデミックの原因となっている不平等にいますぐ終止符を打つ必要があることを強調しています。

不平等に立ち向かう果敢な行動がなければ、HIVの流行は再び拡大し、COVID-19のパンデミックは長期化して、社会、経済的危機がますます深刻化していきます。

 最初のエイズ症例が報告されてから40年が過ぎたいまもなお、HIVは世界を脅かし続けています。世界は現在、公衆衛生上の脅威としてのエイズ流行を2030年までに終結させるという約束の実現から遠く軌道を離れ、流行は再燃の恐れすらあります。エイズを克服するための知識やツールがないからではなく、HIV予防にも治療にも、実証済みの解決策がすでにあるのに、構造的な不平等がその実施を妨げているからなのです。

2030年のエイズ終結を果たそうとするなら、経済的、社会的、文化的、法的な不平等にいますぐ終止符を打たなければなりません。

 危機の真最中に、その根底にある社会的不公正の解決を優先させるのは得策ではないとの考え方もありますが、逆にそうしなければ危機を克服できないことは明らかなのです。

 世界は長年にわたって不平等の解消を約束し続けてきましたが、その緊急性は高まっていくばかりです。2015年にはすべての国連加盟国が、持続可能な開発目標の一環として国内および国際間の不平等削減を約束しています。世界エイズ戦略2021-2026『不平等に終止符を、そしてエイズ終結を』、および2021年の国連総会エイズハイレベル会合で採択されたエイズに関する政治宣言も、不平等を終わらせることが中心課題となっています。

エイズ終結の中心課題であると同時に、不平等の解消をはかることは、キーポピュレーションやHIV陽性者の人権をまもり、社会がCOVID-19やその他のパンデミックに打ち勝つ準備を整え、経済の回復と安定を支えることになります。不平等の解消という約束を果たせば、何百万人もの命を救い、社会全体に利益をもたらすのです。

 しかし、不平等の解消には、変革が必要です。政治・経済・社会政策は、すべての人の権利をまもり、不利益を受けている人たちや社会から排除されがちなコミュニティのニーズに注意を払う必要があります。

 エイズを克服する方法は分かっています。不平等がどのように進歩を妨げ、それにどう対処したらいいのかも分かっています。しかし、不平等を解消するための政策を実施するには、指導者が大胆でなければなりません。

各国政府はいまこそ、約束を行動に移さなければなりません。包摂的な社会・経済成長を促す必要があります。機会均等を保障し、不平等を解消するために、差別的な法律や政策、慣行を撤廃しなければなりません。約束を守るのはいまです。政府はいま行動しなければならず、私たちは説明責任を求める必要があります。

私たちが誰であり、どこから来たかに関わりなく、グローバルな不平等は私たち全員に影響を与えています。今年の世界エイズデーはそのことを政府に思い出させましょう。不平等に終止符を打つことで、エイズをはじめ、不平等を糧に広がるすべてのパンデミック終結に導く行動を求めましょう。

 

End inequalities. End AIDS. End pandemics.

This World AIDS Day, UNAIDS is highlighting the urgent need to end the inequalities that drive AIDS and other pandemics around the world.

Without bold action against inequalities, the world risks a resurgence of HIV, as well as a prolonged COVID-19 pandemic and a spiralling social and economic crisis.

Forty years since the first AIDS cases were reported, HIV still threatens the world. Today, the world is off track from delivering on the shared commitment to end AIDS by 2030, and is even risking a resurgence, not because of a lack of knowledge or tools to beat AIDS, but because of structural inequalities that obstruct proven solutions to HIV prevention and treatment.

Economic, social, cultural and legal inequalities must be ended as a matter of urgency if we are to end AIDS by 2030.

Although there is a perception that a time of crisis is not the right time to prioritize tackling the underlying social injustices, it is clear that without doing so the crisis cannot be overcome.

Tackling inequalities is a long-standing global promise, the urgency of which has only increased. In 2015, all countries pledged to reduce inequalities within and between countries as part of the Sustainable Development Goals. The Global AIDS Strategy 2021–2026: End Inequalities, End AIDS and the Political Declaration on AIDS adopted at the 2021 United Nations High-Level Meeting on AIDS have ending inequalities at their core.

As well as being central to ending AIDS, tackling inequalities will advance the human rights of key populations and people who are living with HIV, make societies better prepared to beat COVID-19 and other pandemics and support economic recovery and stability. Fulfilling the promise to tackle inequalities will save millions of lives and will benefit society as a whole.

But ending inequalities requires transformative change. Political, economic and social policies need to protect the rights of everyone and pay attention to the needs of disadvantaged and marginalized communities.

We know how to beat AIDS, we know what the inequalities obstructing progress are and we know how to tackle them. The policies to address inequalities can be implemented, but they require leaders to be bold.

Governments must now move from commitment to action. Governments must promote inclusive social and economic growth. They must eliminate discriminatory laws, policies and practices in order to ensure equal opportunity and reduce inequalities. It is time for governments to keep their promises. They must act now, and we must make them accountable.

This World AIDS Day let’s remind our governments that global inequalities affect us all, no matter who we are or where we are from. This World AIDS Day let’s demand action to end inequalities and end AIDS and all other pandemics that thrive on inequalities.

 

『31.5%がもたらす懸念』 TOP-HAT News第157号 エイズと社会ウェブ版582

 当ブログでも8月の終わりに取り上げましたが、31.5%というのは、時期が時期だけに、かなり深刻に受け止めなければならないぞ。改めてそう思います。TOP-HAT News第157号(2021年9月)の巻頭は、厚労省エイズ動向委員会が8月24日に発表した2020年の新規HIV感染者・エイズ患者報告数の年間確定値を取り上げました。

 発表からもう1カ月以上もたっています。ニュースとしての鮮度はどうも・・・と思わないこともないのですが、1カ月もするとすっかり忘れてしまうという世の中の移り気を批判している場合ではありませんね。コロナパンデミックに対する不安がひときわ大きい時期だったこともあって、前の年のHIV/エイズ関連の報告数など、発表時点からマスメディアではニュースですらないという扱いでした。

 したがって、逆説的な意味ではありますが、ニュースとしての鮮度は落ちていません。31.5%がもたらすのはどんな懸念なのか。ここであえて繰り返すことは避け、本文を読んでいただければ幸いです。二番目の報告『感染爆発を防ぐには』ともつながる内容なので、こちらもあわせてよろしく。

 取ってつけたように説教臭いことを言って恐縮ですが、感染症の流行には、広がっちゃってから即効性のある対策を求める声が強くなりがちです。でも、そういう声はしばらくすると消えてしまうかもしれません。緊急の対応策だけでなく、下火になっている時期にこそ、息の長い努力が必要になります。

 20年近く前に感染爆発の危機に襲われたコミュニティはどう対応したのか。そのレガシーがその後のHIV/エイズ対策を支え続けてきました。また、現在のコロナ対策にもその体験が重要なヒントを与えているのではないか。個人的にはそう感じています。この経験の蓄積を生かすことができるのか、無視してしまうのかは、まさしく私たち次第ということになります。

 

 

 

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メルマガ:TOP-HAT News(トップ・ハット・ニュース)

        第157号(2021年9月)

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TOP-HAT Newsは特定非営利活動法人エイズソサエティ研究会議が東京都の委託を受けて発行するHIV/エイズ啓発マガジンです。企業、教育機関(大学、専門学校の事務局部門)をはじめ、HIV/エイズ対策や保健分野の社会貢献事業に関心をお持ちの方にエイズに関する情報を幅広く提供することを目指しています。

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エイズ&ソサエティ研究会議 TOP-HAT News編集部

 

 

◆◇◆ 目次 ◇◆◇◆

1 はじめに 31.5%がもたらす懸念 

2 感染爆発を防ぐには

3 ウエブ開催で実施 第11回AIDS文化フォーラムin 京都

4 日本人とグローバルファンド

◇◆◇◆◇◆

 

1 はじめに 31.5%がもたらす懸念

 国内で2020年に報告された新規HIV感染者・エイズ患者数の年間確定値が、厚生労働省エイズ動向委員会から発表されました。詳細な分析を加えた年報の公表はもう少し先になりますが、とりあえず概要が委員長コメントとしてAPI-Net(エイズ予防情報ネット)に紹介されています。

 https://api-net.jfap.or.jp/status/japan/nenpo.html

 エイズ動向委員会は年2回開催され、3月に前年の年間報告の速報値、そして8月の終わりか、9月初めに確定値が発表されています。今回は8月24日でした。

新型コロナウイルス感染症COVID-19の流行が拡大し、全国の新規陽性者報告数が1日2万人を超えていた時期です。前年のHIV/エイズ報告の確定値があまり注目されなかったのも、致し方ないのかもしれません。それでも、きちんと確認しておく必要はあります。あくまで報告ベースの数字ですが、改めて紹介しておきましょう。

 

 新規HIV感染者報告数  750件(過去20年間で17番目)

 新規エイズ患者報告数   345件(過去20年間で17番目)

  合計報告数       1095件(過去20年間で16番目)

 

 速報値と比べると新規HIV感染者報告数は10件、新規エイズ患者報告数は4件増えています。報告数全体に占めるエイズ患者報告数の割合を確定値ベースで計算すると31.5%でした。エイズを発症するまで自分のHIV感染に気付かなかった人の割合です。

 HIVに感染した人が抗レトロウイルス治療を早期に開始し、継続できれば、自らの体内のウイルス量を低く抑え、他の人への感染を防ぐことにもなります。早期治療の必要性が強調されるのは、感染した人自身の健康状態の維持と予防対策の両面で、ともに高い効果が期待できるからです。

報告全体に占めるエイズ患者報告数の割合を継続的にみていくことは、エイズ対策の成否をはかる重要な指標の一つとされています。

 2020年の確定値では、その割合が2016年以来4年ぶりに30%を超えました。もう少しさかのぼると、31%を超えたのは、2004年の33.0%以来、実に16年ぶりになります。

 HIV/エイズの流行の観点からすると、2004年前後の国内はどんな状態だったのか。改めて確認しておきましょう。

 動向委員会の資料によると、2004年は新規HIV感染報告が780件、新規エイズ患者報告は385件で合計すると1165件でした。報告数の合計は前年の976件から大きく増加し、初めて1000件を超えました。報告はその後も増加を続け、3年後の2007年には1500件に達しています。

 あくまで報告ベースですが、感染経路別に新規HIV感染者・エイズ患者の合計報告数をみると、20世紀末の2000年には異性間の性感染が331件、同性間の性感染が291件でした。それが21世紀の最初の年である翌2001年には同性間の性感染が405件で、異性間の性感染(352件)を上回り、2004年には609件に拡大しています。

つまり21世紀初頭には、我が国でも男性同性間のHIV性感染の報告件数が顕著に増加し、とりわけ大都市圏のゲイコミュニティでは、爆発的な感染の拡大が懸念される事態に直面していました。

 

 

2感染爆発を防ぐには

 こうした状況に対し、コミュニティはどう対応したのでしょうか。

 2002年には、厚労省の「同性間性的接触におけるエイズ予防対策に関する検討会」が発足しています。

 また、大阪では同じく2002年にコミュニティセンターdista、そして翌2003年には東京・新宿二丁目にコミュニティセンターaktaが開設され、ゲイコミュニティにおけるHIV感染の予防とセクシュアルヘルスの啓発拠点として活動を開始しています。

 さらに2004年には、HIVに感染している人も、していない人も、もう社会の中で一緒に生きている-というメッセージを伝えるLiving Together計画が始動しました。

こうした動きの背景にある危機感は、報告の数字だけでなく、当事者のコミュニティが肌感覚の現実として受け止めているものでもありました。

 2006年には5年間の大型研究班として「エイズ予防のための戦略研究」がスタートしています。この研究班では、aktaやdistaを拠点として、コミュニティ活動とパブリックヘルスの研究者、自治体などの行政担当者が協力して予防対策に取り組むかたちで研究が進められ、振り返ってみると劇的と言える大きな成果を上げることになりました。研究班による報告書は公益財団法人エイズ予防財団の公式サイトに掲載されています。

 https://www.jfap.or.jp/strategic_study/index.html

 どれか一つというわけではなく、時間はかかりましたが、これらの対応を含む複合的な努力の成果として首都圏や近畿大都市圏におけるHIV感染はなんとか爆発的な流行の拡大を回避し、新規感染報告の減少を実現してきたのです。

 15年以上にわたって営々と積み重ねてきたその成果が、一気に失われることのないよう、これまでの経験の蓄積を生かし、COVID-19対策との相乗効果を上げていくにはどうしたらいいのか。2020年確定値は、HIV/エイズ対策に関わるコミュニティと研究者、行政の間の創意と工夫がいま改めて求められていることを示すデータとして読み取る必要がありそうです。

 

 

3 ウエブ開催で実施 第11回AIDS文化フォーラムin 京都

 “「つなぐ」「つながる」今、できること”をテーマにした第11回AIDS文化フォーラムin 京都が10月10日に開かれます。会場は京都市伏見区龍谷大学顕真館ですが、コロナ対策のため、YouTubeライブ配信によるWEB開催となります。

 アーカイブも公開予定です。

 プログラムなどの詳細は、AIDS文化フォーラムin 京都 の公式サイトでご覧ください。

http://hiv-kyoto.com/

 

 

4 日本人とグローバルファンド

 世界エイズ結核マラリア対策基金(グローバルファンド)にかかわりのある日本人へのインタビューシリーズが、グローバルファンド日本委員会(FGFJ)の公式サイトに掲載されています。2018年にスタートし、最新のvol.10『いろいろなカルチャーや多国籍の人から刺激を受ける楽しさ』は、国際協力機構(JICA)からミャンマーの保健スポーツ省に感染症対策アドバイザーとして派遣された宮野真輔医師(グローバルファンド技術審査委員会メンバー)へのインタビューです。

 http://fgfj.jcie.or.jp/topics/2021-09-07_miyano

 ミャンマーでは宮野さんの赴任3カ月後に新型コロナウイルス感染症の流行期に入ったことから、コロナ対策支援にも奔走することになりました。しかし、政変により滞在2年で日本への帰国を余儀なくされ、宮野さんは「今でも大変悔しい思いです」と次のように語っています。

 「2年という短い期間でしたがミャンマーの人には自立志向を感じました。過去の軍事政権のとき先進国からの経済制裁に苦しみながら、現場では政府を頼れない、自分たちでどうにかしなきゃ、という気風があるのかもしれません。ふたたび政治的に困難な状況になってしまっていますが、できる限り支援を続けていきたいと思っています」

 

毎月、同じことを書いているようで・・・ メルマガ東京都エイズ通信第169号

 メルマガ東京都エイズ通信第169号が発行されました。今回も月末最終日の配信となりました。コロナ緊急事態宣言の最終日でもあります。忙しい中を忘れずに出していただきかたじけない。

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  • 令和3年1月1日から令和3年9月26日までの感染者報告数(東京都)

  ※( )は昨年同時期の報告数

 

HIV感染者      220件     (223件)

エイズ患者        44件      (61件)

合計           264件      (284件)

 

HIV感染者数及びAIDS患者は昨年度よりも減少している。

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 緊急事態続きだった2021年ももう4分の3が過ぎてしまいました。新規HIV感染者・エイズ患者報告の減少傾向は継続しています。コロナの緊急事態宣言の影響が、HIV検査を受ける必要がある人を検査から遠ざけているのではないかと個人的には推察しています。毎月、同じようなことを書いていますが、コロナとは異なり、ピークを超えると報告数が急速に減少していくというタイプの感染症ではないので、影響は後からじんわり出てきそうです。困難な条件の中で、検査の機会を確保する努力も続いています。そちらに期待をかけましょう。

 

 東京都エイズ通信の配信登録はこちらから。 

www.mag2.com

意外と知らない!? レッドリボン エイズと社会ウェッブ版586

 2021年世界エイズデーの国内啓発テーマ『レッドリボン30周年 Think Together Again』について、大づかみにではありますが、その30年を振り返りつつ、「いま、なぜ、レッドリボンなのか」を考えてみました。自己宣伝が少々、というか大々的に入ってしまいますが、不肖・私がテキストを担当したリーフレットです。公益財団法人エイズ予防財団の公式サイトでPDF版がダウンロードできます。

 

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www.jfap.or.jp


 『レッドリボンは、10年に及ぶエイズ対策初期の動揺を経て生まれました。新興感染症パンデミックによる恐怖と不安と混乱の中から、人びとが連帯と信頼を取り戻し、闘う力を獲得してきた、その歩みの象徴でもあります』
 だから言ったじゃないの!とは、あえて言いません。それでも、エイズ流行40年にして、レッドリボン30年。その年に奇しくも・・・という感じはあります。
 『ウイルスによって隔てられた人と人との距離を物理的には受け止めつつ、その分断を乗り越え、信頼のきずなを取り戻していく』
 もちろん、エイズの流行は終わっていません。そこは強調しておかなければならないのですが、それでも辛抱強く流行と闘い続けてここまで来たという実感は、大してお役には立てなかった私にもあります。その経験をいまこそ生かしたい。
 コロナの緊急事態宣言解除が発表された日にあえて、コロナもエイズもこれからだぞという気持ちを込めて、リーフレットの自己宣伝をします。どなたかのご本のタイトルにもあるように、力になるのは愛と友情です。分断と差別ではありません。皆さん、お忙しいこととは思いますが、できたら読んでね。短いし。
 

『どうするHIV対策!? COVID-19パンデミックの影響』 エイズと社会ウェブ版585

 国連合同エイズ計画(UNAIDS)が発行したコミックス仕立てのパンフレット 『The effects of the COVID-19 pandemic on the HIV response』の日本語仮訳版を作成し、API-Net(エイズ予防情報ネット)に掲載しました。
 日本語のタイトルはそのまま訳せば『COVID-19パンデミックHIV対策への影響』といったところでしょうが、これではどうもコミックス仕立ての甲斐がない。少しくだけて『どうするHIV対策!? COVID-19パンデミックの影響』としました。何だか? と思われる方もいるかもしれませんね。そうした賛否も含め、話題にしてもらえれば、嬉しいのですが、いまのご時世では、ちょっと苦しいかな。ま、とにかく、こちらでご覧ください。
 https://api-net.jfap.or.jp/status/world/booklet054.html

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 8ページの短いパンフですが、治療、予防、暴力の増加、スティグマと差別、経済的影響の5つを取り上げ、ロックダウン政策などがもたらした影響と関連するコミュニティによる課題解決の動きを紹介しています。
 吹き出しの説明部分もコミックス風にしたいところですが、もとの英文からあまり離れてしまってもいけないかなと躊躇し、中身の文章は報告書などとあまり変わらない感じになってしまいました。北丸さんだと、この辺りはうまく処理できるのかな、などとちょっと思ったりして・・・。

『SARSで延期された会議』 エイズと社会ウエブ版584

 COVID-19は新型コロナウイルス感染症という病気につけられた名前です。昔だったら、スペイン風邪の流行・・・みたいに、もうちょっと通りのよさそうな名前がついていましたね。最近は特定の地名や集団と容易に結びついてしまうような名称は避けるのが最低限の条件になっています。アルファベットと数字の羅列になってしまうのもそのためですね。

 おまけにアルファ型だとか、デルタ型だとか、ますます不気味感が増していくような印象も受けますが、致し方ないか。

 では、COVID-19の原因となるウイルスの名前は・・・SARS-CoV2です。つまりSARSコロナウイルス第2号という位置づけですね。じゃあ、第1号はというと、2003年に流行したSARS重症急性呼吸器症候群)の原因ウイルスです。ただし、SARSの流行は2003年の前半でおさまり、原因ウイルスもなぜか消えてしまいました。(このあたりは素人の聞きかじりなので、正確さに欠けるかもしれません。間違っていたらごめんなさい)

 医学的な根拠があって言っているわけではないのですが、個人的には「今回もそうならないかな」という淡い期待もないことはなかったのですが、COVID-19はそういうわけにはいかなかった。じっくり対応していくしかありません。

 現代性教育研究ジャーナル(2021年9月15日発行)の連載コラム One side / No side 第53回『SARSで延期された会議』は、その2003年当時のお話です。10ページに掲載されています。

 https://www.jase.faje.or.jp/jigyo/journal/seikyoiku_journal_202109.pdf

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 《会場を出て、東京に帰ろうとすると、シトシトと雨が降り出した。それほど寒くはない。これならウイルスは広がりにくいだろうし、会議も開けたのではないか。そんなことを思うと、お天気までもが恨めしくなってくる》

 いまにして思えば、流行が消えてしまったので、基本的にはよかったのだけど、それでも、けっこう悲しかったなあ、あの時は。