エイズ予防財団のNGO/NPO向け助成事業について(募集情報)

 公益財団法人エイズ予防財団が令和3年度助成金の助成対象事業を募集しています。
 『HIV感染症エイズに関する国民一人ひとりの理解と善意を寄付金として募り、これにより、患者・感染者の方々に対する社会的支援やエイズに関する啓発普及などの推進を目的として、エイズに関するボランティア団体やNGOへの支援(助成金の交付)の助成事業を実施しています』
 申込の締め切りは令和3年2月1日(月)です。申請の際の提出書類など、けっこう準備が必要ではあります。また『各助成対象事業の1件当たり助成金額は、100 万円以下とする』とあるので、必ずしもこの助成金だけでは事業遂行に十分とは言えない場合もあるかもしれません。それでも貴重な財源ではあります。
 希望する団体はぜひ、ご検討ください。公募要項など詳細はエイズ予防財団の公式サイトでご覧いただけます。 

www.jfap.or.jp

「誰」に「何」を伝えるのか U=Uをどう受け止めるか3

 日本HIV陽性者ネットワークJaNP+の高久陽介代表は第34回日本エイズ学会学術集会・総会のシンポジウムで「私たちHIV陽性者にとってU=Uとは」と題して報告を行った。Futures Japanが実施した第2回 HIV陽性者のためのウェブ調査(2016年12月25日~2017年7月25日)の結果によると「ウイルス量を検出限界以下に維持することで、HIVを他に感染させる可能性がほとんどゼロになることを知っていますか?」という質問への回答は次のようになっていたという。

 「よく知っている」「まあ知っている」が合わせて85%。「あまり知らない」「全く知らない」は15%。程度の差はあれHIV陽性者の8割以上が抗レトロウイルス治療の感染予防効果を認識していた。( https://survey.futures-japan.jp/doc/summary_2nd_all.pdf 『調査結果サマリー 9.健康管理・日常生活について』から)

 一方で、厚労省研究班が2017年度に行ったゲイ向け出会い系アプリ利用者へのウェブ調査では「セックスの相手がHIV感染している場合でも、感染に気づき治療を継続している場合には、感染の可能性は非常に低くなる」という質問に対し、「正解」とする回答が43%。国内の一般住民を対象にした2018年の内閣府調査では同様の質問に「正解」と答えた人は33%だったという。

 つまり、U=UまたはT as P(予防としての治療)に対する認識は対象層によって大きく異なり、HIV陽性者にとっては、U=Uが「差別の問題を解決するキーワードになる」と言われてもピンとこないと高久さんは指摘する。HIV感染を他の人に伝えるかどうか悩んでいるときに「私たちは分かっていても、相手もそうだとは限らない」と感じてしまうからだ。

 同じくFutures Japanの第2回調査では、自らのHIV感染を伝えたところ「あなたがいけないんでしょと言われたことがある」「伝えた途端に物理的距離を置かれた経験がある」「言わなければよかったと思うことばかりだった」といった回答がほぼ半数を占めていた。HIV陽性者にとって感染を明らかにして受け入れられるかどうかは、ほぼ半々の可能性に賭けることになり、そうした賭けに出るわけにはいかないとの感覚も強いという。

 一方で、U=UがHIV陽性者のメンタルの改善、QOLの改善という点で大きな意義があるとして、高久さんは医療従事者に対し「まだまだ知らないHIV陽性者もいるので、通院先で積極的な情報提供をお願いしたい」と望んでいる。HIVの感染源になるかもしれない、あるいは感染源として扱われるのではないかという不安を克服するうえで、HIV陽性者が知識、情報としてU=Uを知ることには極めて大きな意味があるからだ。

 

 少し話が錯綜してくるが、HIVをめぐる差別やスティグマに関しては同時に「U=Uだから差別しない」ということでいいのかという問題もある。「そもそも日本ではU=U以前に基本的な知識すらアップデートされていない。U=Uだから差別しないのか?そういう戦略・戦術としてU=Uを使わないでほしい」と高久さんはいう。

 たとえば、職場でHIV陽性者と一緒に仕事をするといったレベルの不安はU=U以前にすでに根拠がない。そもそも論として、U=Uに関する確信が持てなかった時代から、ほぼすべての生活においてHIVの感染を理由に差別されるいわれはなかった。

 U=Uが示したのは、治療により性行為でも感染しない状態になるということであり、「セックスをする場面で私たちが安心できるとか、拒絶されないといったところには意味があると思うが、それ以外の就労とか、医療現場での診療拒否といったようなことには関係ない。そこは明確にしておきたい」と高久さんは強調している。

 

 また、金子さんの発表でも話題になったコンドーム使用への影響に関しては、これもFutures Japanの調査結果をもとに「セックスに関するHIV陽性者の本音」が示された。

 ・コンドームなしのセックスの方が好きだ。60.5%

 ・セックスのためにきちんと治療薬を飲もうと思う。78.8%

 ・自分がHIV以外の性感染症に罹るのではないかと心配。68.7%

 つまり、HIV陽性者に対しコンドーム使用というセーファーセックスの呼びかけを繰り返すだけでは効果は限定されるが、自らのセクシャルヘルスの観点を活かせば高い効果が期待できるということだろう。コンドームを「使わせる」という管理的な発想で感染をコントロールしようと考えるよりは、使う人のリテラシーの高さを生かす方が、健康的なリスクコミュニケーションになると高久さんはそう指摘している。

 やや飛躍があるかもしれないが、HIVやセクシャルヘルスに関するこうした指摘は、実はHIV対策としてだけでなく、いま直面している新型コロナウイルス感染症COVID-19の流行に社会(およびそれを構成する組織や個人)が対応するうえでも重要な示唆に富むものではないかと個人的には思う。また少し脱線しましたね。すいません。

 

 報告の最後で、日本におけるU=Uの情報発信について、高久さんは「していった方がいいに決まっているのだが」と前置きしたうえで、「誰」に「何」を伝えるのかという視点からまとめを行っている。

HIV陽性者にとって】 知って損することは一つもない。医療機関で積極的にU=U・性感染症の情報提供を進めてほしい。

【MSM(男性とセックスをする男性)にとって】 予防の選択肢を増やし、安心して検査を受けられる助けになるように多面的なU=Uのメッセージを伝える(選択肢の一つであることには常に留意し、コンドームの代替でもなく、コンドームをしなくていいということでもないことは明確にする)。

【一般住民にとって】 基本的な知識の普及を進めていく努力の中にU=Uを含めていく(基本的な知識としてU=Uが共有できるようする)。

 

 またしても蛇足になるが、U=Uに対する賛否や是非論にとどまることなく、その知識を必要とする人にどうすれば必要な情報として伝えることができるのか。そのための議論と努力を継続的に積み重ねていかなければならない。つまり、使えるものは、うまく使おう。そのことが説得力をもって伝わるシンポジウムだったように思う(すいません白熱のディスカッションは割愛します、あっちっち)。

 いまは、コロナで世の中が浮足立っており、U=Uにはあまり関心が向かないだろう。その程度のことは世事に疎い私もさすがに百も承知ではあるが、当ブログではそれでもなお(・・・というか実は「それだからこそ」なんだけど)、U=Uという情報がもたらす可能性と限界について分かりやすく、整理して伝えられるようシンポから引き継ぐべき課題は折に触れて取り上げていきたいとひそかに考えている。

 

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 なお、高久さんが代表を務めるJaNP+は、ニュースレター第40号(2019年7月)の巻頭でU=Uを特集している。3ページには『U=Uの知見を日本で活かすには』という高久代表のコラムも掲載されているので、あわせて紹介しておこう。PDF版はこちらで。 

https://www.janpplus.jp/uploads/NL_vol40_web.pdf

 

無観客でもいい。緊急事態下の決勝戦を期待したい

 元気が出ないことおびただしい2021年の滑り出しではありますが、新春2日は恒例の全国大学ラグビー選手権準決勝2試合が行われ、例によって私はNHKの中継でたっぷりテレビ観戦を堪能させていただきました。このルーティーン感覚、いいなあ。おかげでステイホームも苦にならず、いつもと変りないお正月気分であります。
 改めてお知らせするまでもないのでしょうが、結果は次の通り。
 早稲田 33 - 27 帝京
 天理 41 - 15 明治
 第2試合は点差が大きく開いてしまいましたが、それだけ天理強しを印象付ける試合でもありました。明治のFWがあそこまで疲労困憊してしまうとは・・・。

 個人的には天理の10番、松永選手のゲームメイクの良さが、天理FW陣の動きにむだをなくし、後半にまで余力を残す大きな要因になっていたように感じました。
 1月11日の決勝は天理vs早稲田の対決。今日の2試合をテレビ観戦した印象では、天理有利かなあと思います。ただし、私の予想は森羅万象、何かにつけて外れることが多いので、言わない方がいいか・・・。早稲田は相手チームを分析してゲームプランに生かす戦略眼にたけています。不利と言われる時ほど強い。いい試合になることを期待しましょう。
 ところで、試合の合間のニュースでも流れていましたが、首都圏1都3県の知事が緊急事態宣言を政府に要請しました。この時期なので、致し方ないかなあと思いつつ、11日の決勝はどうなるのかなあ、中止は避けてほしいなあ・・・とも思います。
 無観客でもいいからやってほしい。テレビできちんと中継してほしい。緊急事態であればあるほど、コロナのことばかりで頭がいっぱいにならないようにする必要も一方ではあります。ウイルスの感染拡大を抑えるために、取るべき対策は取る、それは否定しません。しかし、文化やスポーツが人の心にもたらす勇気の力も大切にしたい・・・ささやかながら、そう感じています。

『覚書がもたらすレガシーへの期待』 TOP-HAT News第148号

 2020年は新型コロナウイルス感染症COVID-19の流行が世界各地、および国内で拡大傾向を続ける中で幕を閉じようとしています・・・ということは、2021年もCOVID-19の流行継続を覚悟して迎えなければならないということですね。

 TOP-HAT Newsは、その2020年の最終号(第148号)巻頭で、国立国際医療研究センター(NCGM、東京都新宿区戸山1-21-1)と国連合同エイズ計画(UNAIDS)が覚書を交わしたことを取り上げました。11月26日の調印式は時節柄、オンライン開催です。

 ジュネーブからはUNAIDSのウィニー・ビヤニマ事務局長のメッセージが寄せられました。

『世界が COVID-19 と闘う中で日本の強いリーダーシップとグローバルヘルスへの取り組みは高く評価されてきました。HIVとCOVID-19という2つのパンデミックに同時に対応するため、緊密に協力できることを期待しています』

 個人的にも大いに期待したいし、微力ながらお役に立てることがあれば貢献したいとも思っています。ま、微力すぎて大したお役に立てそうもないことは残念ではありますが・・・。

 

 

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メルマガ:TOP-HAT News(トップ・ハット・ニュース)

        第148号(2020年12月)

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TOP-HAT Newsは特定非営利活動法人エイズソサエティ研究会議が東京都の委託を受けて発行するHIV/エイズ啓発マガジンです。企業、教育機関(大学、専門学校の事務局部門)をはじめ、HIV/エイズ対策や保健分野の社会貢献事業に関心をお持ちの方にエイズに関する情報を幅広く提供することを目指しています。

なお、東京都発行のメルマガ「東京都エイズ通信」にもTOP-HAT Newsのコンテンツが掲載されています。購読登録手続きは http://www.mag2.com/m/0001002629.html  で。

エイズ&ソサエティ研究会議 TOP-HAT News編集部

 

 

◆◇◆ 目次 ◇◆◇◆

 

1 はじめに 覚書がもたらすレガシーへの期待

 

2 「エイズの緊急事態は終わっていない」 国連事務総長がメッセージ

 

3 国際エイズ学会(IAS)に知日派事務局長 

 

4 メモリアル・キルト・ジャパンが創設30周年

 

◇◆◇◆◇◆

 

1 はじめに 覚書がもたらすレガシーへの期待

 わが国のHIV/エイズ診療と研究開発の拠点である国立国際医療研究センター(NCGM、東京都新宿区戸山1-21-1)と国連合同エイズ計画(UNAIDS)が11月26日、SDGs(持続可能な開発目標)のターゲットの一つである2030年のエイズ終結に向けて、協力を強化する覚書に調印しました。 

www.ncgm.go.jp

 API-Net(エイズ予防情報ネット)には、同日付でUNAIDSが発表したプレス声明の日本語PDF版も掲載されています。

 https://api-net.jfap.or.jp/status/world/pdf/UNAIDS_Press_Statement.pdf

 『日本国内で公衆衛生上の脅威としてのエイズ流行を終結に導くため、国連合同エイズ計画(UNAIDS)と日本の国立国際医療研究センター(NCGM)は協力して取り組んでいます。この2つの組織が本日、東京オリンピックパラリンピックの開催前および開催期間中のHIV および性感染症対策の強化をはかり、2030 年までにエイズを終わらせるためのファストトラック(高速対応)都市イニシアチブの促進を目指す覚書に署名しました』

 UNAIDSのウィニー・ビヤニマ事務局長は声明の中で『世界が COVID-19 と闘う中で日本の強いリーダーシップとグローバルヘルスへの取り組みは高く評価されてきました。HIVとCOVID-19という2つのパンデミックに同時に対応するため、緊密に協力できることを期待しています』と述べ、新型コロナウイルス感染症COVID-19対策も含めた国際貢献に強い期待を表明しています。

 また、国立国際医療研究センターは覚書の調印にあわせるかたちで、東京2020公認プログラムとして「Tokyo Sexual Health 2020」の多言語セクシャルヘルス情報発信サイトを11月26日に公開しました。 

www.tsh.ncgm.go.jp

 

 UNAIDSは2018年11月に聖路加国際大学、2019年5月にはプライドハウス東京との間で同様の覚書を交わし、連携協力の強化を図っています。

 この時期には改めて指摘するまでもありませんが、感染症の流行はどこか遠い世界の出来事ではありません。COVID-19の流行で日本の社会もいやというほど、このことを経験中です。でも、HIV/エイズの流行では40年も前から伝え続けてきたことなのに、と思わないこともありません。UNAIDSと日本の様々なプレイヤーとの協力のかたちが、国際貢献の観点からはもちろん、国内の課題の解決にも大きな貢献を果たすことを期待したい。実現すればそれは、東京オリンピックパラリンピックがもたらす大切なレガシーになるかもしれません。

 

 

2 「エイズの緊急事態は終わっていない」 国連事務総長がメッセージ

 国連のアントニオ・グテーレス事務総長が12月1日、世界エイズデーに寄せるメッセージを発表しました。この中で事務総長は『エイズの緊急事態は終わっていません』と述べ、『今でも、毎年170万人がHIVに感染し、約69万人が命を失っています』と指摘しました。また、COVID-19のパンデミックにも触れ、『HIVへの対応は、COVID-19対策の大きな参考になります』と次のように語っています。

 『エイズに終止符を打ち、COVID-19に打ち勝つためには、スティグマ(偏見)や差別をなくし、人々を中心に据え、私たちの対応を人権とジェンダーに配慮したアプローチに根づいたものとしなければならないことがわかっています』

 グテーレス事務総長のメッセージは国連広報センターの公式サイトに日本語訳が掲載されています。

www.unic.or.jp

 

 

3 知日派事務局長が就任 国際エイズ学会(IAS)

HIV/エイズ分野で世界最大の専門家組織である国際エイズ学会(IAS)の事務局長にビルギット・ポニアトフスキー氏が就任しました。IASの発表によると、11月11日に理事会でポニアトフスキー氏の任命を発表、彼女は直ちに就任したということです。

https://asajp.at.webry.info/202011/article_2.html

IASは今年7月、前任のケビン・オズボーン事務局長が私生活を優先したいとして退任を表明、事務局次長だったポニアトフスキー氏が事務局長代理を務めていました。

ポニアトフスキー事務局長はドイツのボン大学、ハイデルベルグ大学、日本の国際基督教大学ICU)で日本研究、政治学、地理学を学び、東京の国連大学にも在籍していました。日本語も堪能で、HIV/エイズ研究者や世界エイズ結核マラリア対策基金(グローバルファンド)の国内支援組織であるグローバルファンド日本委員会などにも数多くの知人がいます。

 

 

4 メモリアル・キルト・ジャパンが30周年

 エイズで亡くなった人たちへの思いを込めたメモリアル・キルトを作成し、ディスプレイを通じてHIV/エイズ啓発活動を続けてきたメモリアル・キルト・ジャパン(MQJ)が創設30周年を迎え、12月18日(金)~20日(日)まで、京都市下京区のひとまち交流館京都で「あなたの名前を忘れない~メモリアル・キルト・ジャパン30周年記念展を開催しました。

 亡くなった人たちの名前や愛用していた衣服、小物類などを1枚の布に縫い込んでいくエイズ・メモリアル・キルトの動きは1987年に米サンフランシスコのネームズ・プロジェクトで始まり、世界に広がっています。

 日本では1990年11月にMQJが設立され、翌年春にネームズ・プロジェクトから招いたキルトのディスプレイを全国9カ所で開催するとともに、国内でもエイズで亡くなった人の家族や恋人、友人、そしてケアにあたった人たちの間でキルトを作る動きが広がっていき、現在も続いています。30周年記念展の案内には次のように書かれていました。 

 《あの時、命を賭してHIVと闘い、他界された多くの方たちのメモリアル・キルトを眼前にすると、いまの我らにじわじわと届いてくる言葉が聴こえてきます。新型コロナウイルスにすべての人たちが影響を受けている今こそこのキルトたちを見つめ耳を澄ます時だとも感じています》

 MQJの活動は公式サイトでご覧ください。 

Memorial Quilt Japan | HIV/AIDSをキルトと共に考えます

 

 

 

キャンペーンに託す期待と危惧 U=Uをどう受け止めるか 2

 第34回日本エイズ学会学術集会・総会のシンポジウム『U=Uをめぐる陽性者とHIV予防対策と医療者のあり方について』の報告を続けよう。単なる私の感想に過ぎないものになるかもしれないが、そのあたりは非公式かつ非公認の私設応援団の限界として、ご容赦いただきたい。

 

 名古屋市立大学看護学研究科の金子典代准教授は「コミュニティの予防啓発に携わる立場から」報告を行った。U=Uは簡潔なメッセージだが、同時に多様な受け止め方が可能なので誤解や意図せざる反応を生むリスクもはらんでいる。そのあたりの違和感からシンポで話すべきか悩んだが、「コミュニティ内で起きている議論をできるだけ拾って示したい」と考え引き受けたという。

 この場合のコミュニティは、国内のHIV感染報告の多数を占める男性同性間の性感染に関わりの深いコミュニティということだろうか。

さっそく個人的な感想で恐縮だが、コンドーム使用を中心にしたセーファーセックスのメッセージとU=Uとの間に微妙な齟齬が生じるのではないかという逡巡は私にもある。

 同時に、2010年代に顕著だったHIV/エイズ対策の医療化指向(治療の普及で流行は終わるという信念)が、社会的課題の軽視ないしは回避につながるのではないかという危惧も個人的にはあった。今回のシンポでは医師の側から視野の広い報告が相次いでなされ、こうした危惧およびU=Uをめぐる同床異夢的な状況は、かなり解消されてきたようにも思う。実はこのこと自体、U=Uキャンペーンの成果の一つなのかもしれない・・・おっと、またも脱線。金子准教授の報告に話を戻そう。

 

 金子さんによると、U=Uには多くの前提条件があり、それを「分かりやすく」「正確に」伝えるのは難しい。「HIV感染予防策としてコンドームの常用を強調し、常用率をあげてきた経緯を考えると、U=Uを伝えることでその地道な活動とメッセージが後退してしまうのではないか」とも述べた。もちろん、こうした懸念は根拠のないものではない。実際、東京や大阪でコミュニティセンターを拠点に商業施設へのアウトリーチ活動を行う人たちは、啓発の際に以下のような声を聞くことがある。

・あれだけ声高に叫んできたコンドームはもう使わなくていいの?

・コンドームを使わなくなって他の性感染症が増えたらどうする?

・U=Uだから感染ステータスは言わなくていいよね。

・予防啓発のグループがコンドームを諦めるのか。

 

 だが、金子さんは同時に、HIV陽性者の人権擁護という観点からU=Uのメッセージが重要なことに注目し、「HIV陽性者への偏見や誤った事実、陽性者自身が抱く不必要な不安を払拭できる」と指摘する。適切な治療を受けていてもHIV陽性者をひとくくりに感染源とみなす傾向は依然として強いし、「陽性になったら相手にうつしてしまうのが怖くて性交渉できなくなる」「仕事も恋愛も諦めなければならない、先がない」と感じる人も少なくないからだ。

 

希望と危惧が相半ばする国内のこうした状況の中でもU=Uに向けた予防啓発活動は大きな流れになりつつあるという。aktaのキャンペーンもそうした文脈の中でとらえる必要があることを金子さんは過去3年間の年表で示した。

 2018年   MASH大阪がキャンペーンを開始

 2019年    日本エイズ学会が正式にU=U支持を決定

 2020年 1月 U=Uの提唱者ブルース・リッチマン氏らが来日

      3月 HIV診療ガイドライン改訂

       11月 aktaがHIV陽性者ネットワーク、支援団体と共同でキャンペーン開始

 

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(写真は2020年1月13日、国立国際医療研究センターで開かれた国際シンポ終了後、体を張ってU=Uを表現するブルース・リッチマン氏=右端)

 

 たびたびの感想で恐縮だが、2017年の第31回日本エイズ学会学術集会・総会では、ぷれいす東京が中心になってU=Uキャンペーンを開始している。それを加えれば、4年間の傾向ということになる。

 また、2016年7月には、南アフリカのダーバンで第21回国際エイズ会議が開催され、その機会に「U=Uに関するコンセンサス声明」が発表されている。米国のコミュニティ活動家であるブルース・リッチマン氏の働きかけに医療の専門家が応じてまとめられた声明であり、世界のHIV研究者やアクティビストから広く支持の署名を寄せられた。この時をキャンペーンの起点と考えると、5年にわたる国際的動向の中で現状をとらえる必要があるのかもしれない。

 

 金子さんはさらに、中四国・沖縄地域で過去5年間に感染が判明した人を対象に行った質問紙調査(2018~19年)、およびコミュニティセンター来場者調査(2019、2020年)の結果をもとに、「地方都市では、ゲイバーなど会話コミュニティに接触がないMSMに新しい知識が届いていない可能性があり、U=U発信をエイズの負のイメージの刷新の一つの機会にしていける」「コミュニティセンター来場者のU=U認知は全国で上昇。検査行動との関連もみられた」とキャンペーンの肯定的側面について報告した。そのうえで、予防啓発を担う立場から、今後のU=U発信の方向性を以下のようにまとめている。 

・いまなお疑問は多く、議論と対話を重ねつつ、丁寧にメッセージの発信を進める必要がある。

・コミュニティの当事者には、これまでのコンドームと検査による予防の必要性は変わりがないことも同時に伝える。

・コンドーム使用行動を後退させないよう、梅毒などHIV以外のSTD動向のモニタリングも一段と重要になる。

・予防対策の大切なパートナーであるSTDクリニックや検査事業に携わる行政職にU=Uへの理解を深めてもらう必要があり、いろいろな場面を活用して伝える機会を増やす。

 

 続いて日本HIV陽性者ネットワークJaNP+の高久陽介代表の報告に入りたいところだが、金子さんの報告だけでもかなり長くなってしまったので、またまた稿を改めて次回ということにしよう。年を越しそうだな、これは。

 

 

報告の傾向は変わらず 東京都エイズ通信第160号

 メルマガ東京都エイズ通信の第160号(2020年12月28日発行)が配信されました。

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● 令和2年1月1日から令和2年12月20日までの感染者報告数(東京都)
  ※( )は昨年同時期の報告数

HIV感染者 294件   (320件)

AIDS患者    79件    (70件)

合計      373件     (390件)

HIV感染者数は昨年度よりも減少し、AIDS患者は増加している。

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 新規報告の傾向は1カ月前とあまり変わっていません。12月20日までの集計なので、2020年には後10日あるので、合計の報告数はもう少し増えそうですが、それでも400件をかなり下回りそうです。
 それが何を意味するのか。実際の感染が減っていることが報告の数字にも反映しているのか、それともコロナの影響でHIV検査を受ける人の数が減っているためなのか・・・。このところ毎回、同じことを繰り返し書いているようで恐縮ですが、分かりません。
 メルマガ東京都エイズ通信の配信登録はこちらで。 

www.mag2.com

U=Uをどう受け止めるか1 日本エイズ学会シンポから

 東京の新宿二丁目のコミュニティセンターaktaは2020年11月27日、『U=Uを支持し、「U=U 2020キャンペーン」を開始します』という声明を発表した。キャンペーンサイトも同時に開設されている。 

akta.jp

 『U=U』は、Undetectable(検出限界値未満)とUntransmittable(感染はしない)という英単語の頭文字を、数式で結んだものだ。アルファベットの頭文字と数学の記号だけ示されても、予備知識がなければさすがに何のことだか分からない。

 ただし、その分かりにくさが「何だろう?」という興味につながるということも、最近はよくある話でもある。したがって、「U=U」自体はそのまま生かし、ひと言で分かる日本語の説明を同時に付けておきたい。  

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 aktaのサイトでは『U=U(効果的なHIV治療=セックスの相手に感染しない)』となっている。ざっくりとした説明ではあるが、細かいことを言い出すときりがないので、メッセージとしては妥当なのではないかと思う。

 

 11月27日は初のウェブ開催となった第34回日本エイズ学会学術集会・総会が開幕した日でもある。

www.aidsjapan2020.org

 

 その初日のプログラムの一つとして『U=Uをめぐる陽性者とHIV予防対策と医療者のあり方について』というシンポジウムがライブで流され、何日かしてオンディマンド視聴(ただし学会登録者限定)もできるようになった。

 コミュニティセンターaktaのスタッフが直接、シンポに登場したわけではないが、座長も含めaktaとの交流が深く、一緒に活動することも多い人たちの報告は複数あった。キャンペーンもおそらく、シンポに合わせて開始することを意識したのではないか。

 日本国内では折しも、新型コロナウイルス感染症COVID-19の感染報告が増加し、社会の動揺と関心がそちらに向かっていた時期である。したがって、U=Uが耳目を集めることにはならなかったようだが、aktaとしては心に期するものがあったに違いない。この時期にあえて、という意味では拍手も送りたい。

 個人的なことを言うと、U=Uについては、コンセプトの重要性を理解しつつも賛否の感情がうまく整理できず、当ブログで取り上げることも比較的、少なかった。この機会に腰を据えて考え方を整理してみよう。

 

 まずはシンポの報告から。オンディマンド視聴が可能だったのは12月25日までなので遅きに失した感もあるが、齢を取ると何かと作業が遅くなる。ご容赦いただきたい。

 シンポジウムは順天堂大学の井上洋士教授と東北大学大北全俊准教授が座長となり、計5人の医師、研究者、HIV陽性者が報告を行った。 

 

 国立病院機構大阪医療センターの白阪琢磨医師は「U=Uを陽性者に伝える、社会に伝えることについて」をテーマに報告を行い、1996年以降のHIV治療の進歩を概説したうえで、治療を継続していればHIVで死ぬことはないという現状を改めて確認した。

 また、内閣府が2018年に行った3000人規模のネット世論調査で「エイズ死に至る病」と考える人が52.1%に達していたことも紹介している。「治療の現状」と「社会に広がるHIV/エイズのイメージ」とのギャップは今も大きい。

 国際的にみると、T as P(予防としての治療)の効果を実証するため、2007年から16年にかけて、パートナーズ研究、オポジット・アトラクト研究、パートナーズ2研究という3つの大規模調査が行われている。一連の調査で、治療を続け血液中のウイルスが検出限界値未満のHIV陽性者から性行為でHIVが陰性のパートナーに感染した事例は1件もなく、そのエビデンスによりU=Uは世界で広く認められているという。

 白阪医師が研究代表者である『HIV感染症及びその合併症の課題を克服する研究班』では『抗HIV治療ガイドライン』の改定を毎年行っており、その2020年3月版でも「主な変更点」として真っ先にU=Uが記載されている。

 抗HIV治療ガイドライン 2020年3月発行

 《効果的な抗HIV治療により血中HIV RNA量が 200 コピー/mL 未満に持続的に抑制されている場合にはパートナーへの感染を防ぐことができる(U=U; Undetectable =Untransmittable)ことを明記した》

 最後に白阪医師はまとめとして以下の指摘を行っている。

 ・診察現場では、陽性者に機会をとらえて積極的にU=Uを伝えるようにする。

 ・HIVが日常生活でうつらないことはすでに学校でも教えられている。

 ・治療状況の良い人からは性感染もしないということを一般向け啓発で伝え、偏見差別の解消に取り組む必要がある。

 ・これはHIVについてであり、他の感染症を含まないことには注意が必要。

 

 国立国際医療研究センター エイズ研究センターの照屋勝治医師はまず、患者から「コンドームなしでセックスをしても大丈夫ですよね」と聞かれたらどうするかについて説明した。「相手があなたの感染を知っていて、かつ感染リスクがほぼゼロであることを理解しているなら、合意の上でコンドームなしで性交渉を行うことは医学的には全く問題がない」と答えるという。

 ただし、「自分を守ってください」というアドバイスも行う。患者自身が薬剤耐性ウイルスに感染するリスクがゼロではないこと、HIV以外の性感染症もあることなどにより「本当に信頼できるパートナー以外との性交渉では、コンドームを使用した方が安全」と考えるからだ。

 U=Uについては同時に、HIV陽性者のメンタルヘルスの改善という観点を重視する必要があり、患者自身の自尊心を高めて服薬アドヒアランスを向上させるツールとして重要なメッセージになることも強調した。

 次にU=Uで「本当に感染リスクはゼロなのか」という疑問を取り上げ、上記3つの国際的な大規模研究による合計10万回以上の性行為でパートナー間の感染が起きていなかったというエビデンスにも、母集団のバイアスリスクや観察期間が2年未満で短すぎる可能性など、厳密にいえば「突っ込みどころ」がないわけではないと指摘した。

 ただし、「それでも治療成功例からの性交渉での感染はおそらくゼロ」と照屋医師は述べている。体液中のHIVの感染性には量的な因子が大きく、輸血による感染事例の検証から考えると、HIV感染が成立するには1000コピー程度のウイルスが体内に入る必要がありそうなので、「U=Uは現実の問題としては、おそらく正しい」という判断だ。

 最後に「医師は何に悩んでいるか」という観点から、医療機関で針刺し事故があったときにPEP(曝露後予防投薬)を行うかどうか取り上げている。

 U=Uは性感染に関するエビデンスなので、そのまま針刺し事故への対応にあてはめることはできない。それでも治療成功患者の血液で針刺し事故が起きるリスクは極めて低いと考えられる。照屋医師は、これまでの報告から治療成功患者の血液による経皮感染リスクは300万~3000万分の1と推定している。

 それでも、PEPを行うのはどうしてか。

 ここには論理と感情が複合的に関連していると照屋医師は考える。非論理的部分(つまり感情)との間の折り合いをどうつけるか。

 個人的な感想で恐縮だが、この点は社会的課題としての差別や偏見の解消とも微妙につながってくる問題だろう。

 

 東京医大産婦人科の久慈直昭医師は「HIV感染者に対する不妊治療」について報告した。対象は、子供をつくるために産婦人科を訪れる患者で男女のいずれかがHIV陽性のケースである。男性が陽性の場合には洗浄精子による体外受精が試みられてきた。U=Uならその必要はなくなるが、2020年にはそれでも不妊治療を求めるカップルが以前より増えた。

 その背景として「受診するカップルがほぼ全員、自然性交による挙児をはかっているが妊娠しなかった」「女性高年齢または男性不妊症例の比率が増加している」「現在でも通常の不妊治療機関では治療を断られることが多い」といった傾向があるという。

報告のまとめとして、久慈医師は次の3点をあげている。

 ・U=U以降も、HIV感染者の不妊症例が挙児をはかるには一定の困難がある。

 ・HIV感染者が女性でも男性でも、治療法はほぼ確立。

 ・今後人工授精など、より侵襲の少ない治療法の開発が必要。

 またしても個人的な感想で恐縮だが、U=Uであってもなお「通常の不妊治療機関では治療を断られる」という現状は、照屋医師が指摘した「論理と感情が複合的に関連」する課題でもあるように思う。社会的な差別や偏見の解消ともからみ、解決すべき問題の根は深い。

 

 3人の医師の発表を私が理解できた範囲で紹介してきた。理解不足に加え、誤解もあると思うので、お気づきの点があればご指摘を賜りたい。シンポではこの後もさらに名古屋市立大学看護学研究科の金子典代准教授、日本HIV陽性者ネットワークJaNP+の高久陽介代表による発表とディスカッションが控えているのだが、少し長くなってきたので、臨床の医師3人の発表をお伝えしたところで小休止し、呼吸を整えてから次回につなげていくことにしたい。悪しからず。