これは必読『「医薬品特許プール」ができたわけ』

 40年近くに及ぶHIV/エイズの流行は世界の様々な仕組みや認識を変えてきました。といいつつおもむろに個人的な話になって恐縮ですが、例えば、性についての考え方は私の場合、激しく変わったと思います。いまなお、心の中にホモフォビアの傾向があるおじさん層の一人であることは心ならずも認めざるを得ませんが、少なくともそれを心ならずもと感じる程度には変わっています。

 医療の提供に関する認識も世界的に変わっています。国境を越えたパンデミックに対応するには、豊かな人、あるいは豊かな国だけが治療を享受できるようになっても、それで問題が解決したことにはならない。支払い能力を超えて、どこの国に住む、どんな立場の人であっても、誰もが負担可能なかたちで治療やケアを受けられるようにならなければならない。これは20世紀末の世界が抱える大きな課題でした。

 そこから生命に関わる疾病の治療薬は「国際公共財」であるという考え方がまず、HIV/エイズ対策の分野で共有され、次第に他の疾病にも広がっていきました。

 2002年に世界エイズ結核マラリア・対策基金(グローバルファンド)、そして2003年の米大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)、同じく2003年の世界保健機関(WHO)と国連合同エイズ計画(UNAIDS)の3by5計画、2005年グレンイーグルスG8サミットの首脳宣言(HIV治療のユニバーサルアクセス)といった一連の動きはそうした考え方から生まれています。

 そうした動きの中で、個人的にはいま一つ内容がうまく理解できていなかったのが、2006年のユニットエイド創設と2010年にそこから生まれた医薬品特許プール(MPP)でした。経済や特許がらみの話はどうも苦手で・・・などといいながら不勉強を棚に上げてきましたが、つい最近、アフリカ日本協議会の公式サイトの《国際保健とCOVID-19》というページに、そのものずばり《「医薬品特許プール」ができたわけ=「異次元の危機」には「異次元の対応」を=》という解説記事が掲載されました。 

ajf.gr.jp

 これは分かりやすいねえ・・・と思わず感心する内容。過不足なくといいますか、通常こうした解説は変に細部に入り込み過ぎて全体が見えなくなってしまうという落とし穴にはまりがちなのですが、そういうこともありません。世界の動きに相当詳しい方が執筆を担当されたのではないかと拝察します。他の方の記事で恐縮ですが、ぜひご一読ください。

 ということで、いま、あえて医薬品特許プールに焦点があてられたのは、世界が『COVID-19という、エイズ危機以来の「異次元の危機」に直面』しているからですね。

 『ここで必要とされるのは、「異次元の対応」によって「異次元の危機」を克服しようという強固な政治的意思です』

 ワクチンや治療薬の開発を国際競争の面から、覇権争いだとか、勝つのは誰だといった観点のみを強調するのではなく、世界のだれもが利用できる「国際公共財」としてとらえる視点は重要です。日本だけパンデミックを克服するなどということは、そもそもできない相談です。東京オリンピックパラリンピックを一年延期し、なおかつそれでも開けるかどうかとやきもきしなければならない。その現状を考えれば、政府並びに都政関係者の皆さんには改めて説明する必要もないでしょうね。

 分からない割に知ったかぶりしたがるのは私の悪い癖ですが、蛇足をひとつ。HIV治療薬を国際公共財として位置づける視点を私が初めて知ったのは2000年12月の感染症対策沖縄国際会議の成果文書である議長総括でした。同じ年の7月に開かれた九州・沖縄サミットの首脳宣言に基づいて開催された国際会議で、この辺りのHIV/エイズ分野の理念的貢献には、日本ももうちょっと自信と自覚をもって異次元のCOVID-19対策に臨んでもいいのではないかとひそかに思っています。もちろん国内へのフィードバック効果も期待しつつではありますが・・・。