HIV感染の報告は減り、エイズ患者報告は増加、その意味は・・・

 メルマガ東京都エイズ通信の第153号(2020年5月27日)が配信されました。今年1月1日から5月24日までの東京の新規HIV感染者・エイズ患者報告数は以下の通りです。昨年同時期と比べると合計報告数はほぼ2割の減少です。

 

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  • 令和2年1月1日から令和2年5月24日までの感染者報告数(東京都)

  ※( )は昨年同時期の報告数

 

HIV感染者     101件   (140件)

AIDS患者       34件    (23件)

   

合計          135件    (163件)

 

HIV感染者数は昨年度よりも減少し、AIDS患者は増加している。

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 減少傾向は、新型コロナウイルス感染症COVID-19の流行とその対策の影響で、HIV検査どころではないという雰囲気が広がっているせいでしょうね、きっと。でも、その中で、改めて数字を見てみると、あれ?と思うことがあります。新規エイズ患者報告数が実は昨年同時期より3割も増えているのです。これって、どういうこと?

 HIVの感染とエイズの発症の間には、抗レトロウイルス治療を受けなくても、平均すると10年近いタイムラグがあります。付け加えておけば、治療を受ければもっと長く、場合によっては生涯にわたって発症を抑えることが期待できます。また、治療を受けて体内のHIV量を低く抑える状態が維持できれば、他の人に性行為などでHIVが感染するのを抑えることも可能になります。治療は重要です。

 話をもとに戻しましょう。東京都の報告で新規AIDS患者としてあがってくる件数は、HIVに感染してからほぼ10年という長い時間、自らの感染を確認する機会がなく、エイズを発症して初めて感染が判明した人の事例ということになります。

 したがって、エイズ患者報告数の増減は、ずっと前の(おそらくは10年ほど前の)感染動向の一端を示すものとみていいでしょう。

 では、いまから10年ほど前には何が起きていたのか。2009年には新型インフルエンザの流行があり、2011年には東日本大震災がありました。どちらも日本国内全体を巻き込む大変な出来事であり、大きな試練です。HIV検査どころではないという雰囲気が広がりました。無理もないことだとは思います。それでも、HIV対策の観点からすると、こうした状態はもう一つの試練でもあります。

 東京だけではなく全国の報告ですが、エイズ動向委員会の年報から、2008~2011年の新規HIV感染者、エイズ患者報告数を確認してみると、次のようになっています。

    

2008年  1557  ( 1126,  431)  27.7%  

2009年  1452  ( 1021,  431)  29.7%    新型インフルエンザ

2010年  1544  ( 1075,  469)  30.4%

2011年  1529  ( 1056,  473) 30.9%   東日本大震災

 

 最初の数字が報告数の合計、カッコ内は(HIV感染者報告数、エイズ患者報告数)です。また、最後の%は報告全体に占めるエイズ患者報告の割合です。

 新型インフルエンザの流行時には保健所がその対応に追われ、HIV検査を行う余裕がなくなっていました。前年に比べ新規HIV感染報告数が100件以上減少しているのは、その影響が大きかったのではないかと思われます。しかし、発症して初めてHIV感染が判明するエイズ患者報告数は減っていません。前年と同数です。

 東日本大震災があった2011年は前年に比べ、HIV感染がわずかですが減り、エイズ患者報告数は増えています。報告の合計に占めるエイズ患者の割合は30.9%でした。

 エイズを発症するまで感染に気付かずにいるということは、その人から他の人へとHIVが感染する機会が増える可能性が高まるということでもあります。したがって、報告の合計数に占めるエイズ患者報告の割合を低く抑え、感染の機会を減らすことは予防対策上の大きな目標の一つになっているのですが、2011年の30.9%は、報告数が初めて1500件に達した2007年以降でみると、最も高い数字になっています。

 最近は2018年が28.6%、2019年は速報値ベースですが26.9%です。かなり下がってきました。この数値がCOVID-19時代の2020年にどう変化するのか。まだ、分かりませんが、東京都の動向から一方的な素人予測を立てるとすれば、再び上昇に転じそうな印象も受けます。

 2020年になって東京でエイズ患者報告が増加している。これは、2009年の新型インフルエンザの流行や2011年の東日本大震災という大きな試練を経験した時期に、検査でHIVの感染を知る機会を失った人たちが多かったことの反映ではないか。もちろん、軽々に判断できることではありません。それでも疫学の素人としては短絡的にそう考え、COVID-19の流行に世間の不安が集中している2020年も同じことを繰り返さなければいいのだが・・・と、あくまで根拠薄弱な懸念をついつい持ってしまいそうになります。もう少し落ち着いて推移をみていきましょう。