『HIVワクチンの大規模臨床試験中止を発表』 TOP-HAT News第138号(2020年2月号) 

  世の中は新型コロナウイルス感染症COVID-19の流行拡大に対する不安が募り、他のことには関心が向かなくなっている感じですね。ただし、社会の関心が向かないからといって、他の数々の疾病がCOVID-19に遠慮して発症を控えておこうかなどと考えるわけではありません。

新興感染症はもちろん、いま対応すべき重要な課題です。でも、そのために(というか社会が恐怖と不安のあまり)、他の感染症に対する備えをおろそかにするようなことがあるとすれば、その影響もまた決して小さくありません。

 日本国内ではほとんど関心がもたれなかったのですが、米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)は今年2月3日、HIVワクチンの大規模臨床試験HVTN702の中止を発表しました。成果が期待されていたHIVワクチン研究の頓挫は、世界的にもかなりショックなニュースだったので、TOP-HAT News第138号では巻頭でそのことをお伝えしています。

 

 

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        第138号(2020年2月)

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エイズ&ソサエティ研究会議 TOP-HAT News編集部

 

 

◆◇◆ 目次 ◇◆◇◆

1 はじめに HIVワクチンの大規模臨床試験中止を発表

 

2  U=U Japan Projectが始動

 

3 東京レインボープライド2020

 

4 中国の新型コロナウイルスの流行に関するプレス声明 UNAIDS

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1 はじめに HIVワクチンの大規模臨床試験中止を発表

南アフリカで進められていたHIVワクチンの大規模臨床試験HVTN702の中止が2月3日、米国立衛生研究所(NIH)の国立アレルギー感染症研究所(NIAID)から発表されました。臨床試験の研究班とは独立したデータ安全性モニタリング委員会(DSMB)という評価組織が中間評価を行い、対象となるワクチン候補にはHIV感染の予防効果はないという結論に達しました。NIAIDもDSMBの勧告を受け入れたということです。

NIAIDのニュースリリースによると、HVT702研究には18~35歳の性的に活発なHIV陰性の男女がボランティアで参加しています。2020年1月23日にDSMBが中間結果を調べたところ、ワクチン接種群は2694人中129人がHIVに感染していました。一方、プラシーボ群は2689人中123人でした。

HIVワクチン開発はエイズ流行終結の鍵を握る重要な課題です。2009年にはタイで行われていたRV144大規模臨床試験の結果が明らかにされていますが、この時のHIV感染効果は30%程度にとどまっていました。これではワクチンとしての実用化は期待できずないということで研究は打ち切られ、ワクチン開発は頓挫するかたちになっていました。

その低迷期を脱し2016年にスタートしたのがHVTN702です。タイのRV144のワクチンをもとにして南アフリカで流行しているHIVのサブタイプに合わせて開発された候補ワクチンが使われました。プライムブーストワクチンと呼ばれ、時間差をつけて異なる機能を持つワクチンを接種し、効果を高める手法(プライムブースト法)が使われています。

臨床試験開始時点では50%程度の予防効果が期待できるということで、効き目は「それなり」の感じですが、少しずつでも効果を高めていけば実用化は可能という判断でした。

しかし、中間評価の結果、その効果も結局はなかったということになりました。

今回の決定を伝えるNIAIDのニュースリリースの中で、アンソニー・ファウチ所長は「世界全体でパンデミック終結させるにはHIVワクチンが不可欠であり、このワクチンが機能することを期待していました。でも、残念ながらそうはなりませんでした」と語っています。国際エイズ学会(IAS)も同じ2月3日付、国連合同エイ計画(UNAIDS)は翌4日付で、ともに残念だという内容の声明を発表しています。HVTN702に対する期待と失敗に終わったことへの落胆の大きさをうかがわせる反応です。

ただし、ファウチ所長は「安全で効果的なワクチンの研究は異なるアプローチで続けられます。私はいまも達成可能だと信じています」と付け加えています

UNAIDSによると、HVTN702は残念ながら中止ですが、ほかにも2件、大規模なワクチン臨床試験が進行中です。一つは米国やヨーロッパでトランスジェンダーの人たちとゲイ男性など男性とセックスをする男性を対象にしたMosaico試験、もうひとつはサハラ以南のアフリカ諸国で女性を対象に進められているImbokodo試験です。どちらも研究途中なので、成否はまだ分かりません。

HIVに感染した人たちは抗レトロウイルス治療(ART)の進歩により、社会的にも活躍しながら長く生きていくことが可能になっています。また、ARTの継続により体内のウイルス量を低く抑える状態が維持できれば、他の人にHIVが性感染するリスクがなくなることも明らかにされています。

ただし、体内からHIVがなくなる完治が実現できたケースは世界でもごくわずかしかなく、ほとんどの人は生涯にわたってARTを続ける必要があります。しかも、現状では世界のすべてのHIV陽性者に必要な治療薬が提供できているわけではありません。

その現実を直視し、治療薬の普及を進めると同時に、新たに感染する人を減らしていくための予防にも、治療の普及も含めた様々な手段を組み合わせて対応する必要があります。

失敗は成功の過程でもあります。HIVワクチンの開発に取り組む研究陣の不屈の努力に期待し、支援を継続する一方で、現実に選択可能な予防手段の普及を進める努力もまた怠らない。その困難な状態は今後もまだ、しばらくは続きそうです。

 

 

2  U=U Japan Projectが始動

 HIVをめぐる差別や偏見をなくすことを目指すU=U Japanの公式サイトが開設されました。

  https://hiv-uujapan.org/

 「U=U」は英語の「Undetectable」(検出限界値未満)= 「Untransmittable」(感染しない)の略です。2016年に米国でキャンペーンがスタートし、「2019年8月現在、100か国近くの1000近い組織・機関が、コミュニティ・パートナーとしてU=U のメッセージを支持」しているということです。国内では、日本エイズ学会、ぷれいす東京、MASH大阪がコミュニティ・パートナーとなっています。

U=U Japanは「効果的な治療を続けていればHIVは性感染しない」という「HIVの新常識」を国内で広く知ってもらうために活動しています。

 

 

3 東京レインボープライド2020

今年は4月25日(土)、26日(日)の2日間を予定しています。会場は代々木公園イベント広場(東京都渋谷区神南2-3)。パレードは4月25日です。

詳細は東京レインボープライド公式サイト( https://tokyorainbowpride.com/ )をご覧ください。

 

 

4 中国の新型コロナウイルスの流行に関するプレス声明 UNAIDS

 国連合同エイズ計画(UNAIDS)が2月6日、新型コロナウイルスの流行についてプレス声明を発表しました。『新型コロナウイルスのアウトブレークの間もHIVサービスが滞ることがないようUNAIDSは中国のパートナーと協力』という見出しがつけられています。英文のPDF版はこちらです。

https://www.unaids.org/sites/default/files/20200205_PS_UNAIDS_CoronaVirus_en.pdf

声明は『UNAIDSは中国と連帯し、アウトブレークの終息に向け最大限の支援を行う所存です』として全面的な協力姿勢を示す一方、後半部分では次のように指摘しています。

 『HIV陽性者および他の慢性疾患患者にとっては、治療を継続し健康状態を保つために、治療薬を適切に得ることが特に重要になります。UNAIDSは中国CDCのエイズ/STD管理予防センターに対し、封鎖に伴って自宅のある町に戻れないHIV陽性者が必要な抗レトロウイルス薬を毎月補充できるよう迅速な対応を取ることを推奨しています』

 アピールしたかったのは後半でしょうか。声明の日本語仮訳はHATプロジェクトのブログでみることができます。

 https://asajp.at.webry.info/202002/article_2.html