U=U国際シンポ報告 エイズと社会ウェッブ版446

U=Uに関する国際HIVシンポジウム in Tokyo ~「感染しない」は 本当か?~

 2020年1月13日(月・祝)14:00~16:30、国立国際医療研究センター大会議室

 

 『U=U』は、Undettectable(検出限界値未満)= Untransmittable(感染しない)の頭文字であり、HIVに感染している人に対する社会的なスティグマや差別を取り除くためのキャンペーンです。性行為を通じて、他の人にHIVを感染させてしまうのではないかというHIV陽性者の大きな心理的負担を取り除き、社会的な生活の維持を可能にするためのメッセージでもあります。

 2016年にU=Uキャンペーンを始めたPrevention Access Campaignの設立理事であるブルース・リッチマン氏を迎え、日本エイズ学会が成人の日の1月13日午後、東京で『U=Uに関する国際HIVシンポジウム in Tokyo ~「感染しない」は 本当か?~』を開催しました。

 米国のPrevention Access Campaignの公式サイトはこちらです。 

www.preventionaccess.org

 

 シンポジウムの冒頭であいさつに立った日本エイズ学会の松下修三理事長は「エイズ学会はこの運動をサポートし、感染している人も普通に生きていける社会を作りたい。日本が少しずつそういう社会に変わっていくことを期待したい」と語っています。シンポの趣旨を簡潔に語った言葉でしょう。U=Uキャンペーンは新たなHIV感染予防の手段としても期待されているのですが、これはあくまで副次的な効果で、本質はHIV陽性者が就労や医療など様々な生活の局面で、差別を受けることなく安心して生活していける社会を目指すことにあるのではないか。そうしないとメッセージが検査を受けない人への非難のトーンを帯びてくる。それではいけない、ちょっと困ったことになるんじゃないの・・・と常々、思っていたので、医師や研究者を代表する立場で、この点を明確にした松下理事長のあいさつには、まず好印象を持ちました。

 個人的に言うと、U=Uのキャンペーンが進められる中で、医師や公衆衛生学者とHIV陽性者やNGO/NPOのアクティビストの間で同床異夢ともいうべき認識の微妙な乖離があるのではないかという点をひそかに(時にはあからさまに)危惧していたのですが、この危惧は冒頭の理事長あいさつでかなり払しょくされたように思います。

 ただし、状況によって趣旨が変質してしまうことは、キャンペーンというものにはしばしばみられることでもあるので、引き続き基本認識は外さないようにしてほしいということも付け加えておきましょう。

 シンポジウムは、第1部で米国からブルース・リッチマン氏、英国からHIV i-BASEという組織のサイモン・コリンズ氏、台湾からHIV予防啓発にも取り組む臨床医のウェンウェイ・クー氏という3人の国際パネリストによる講演。第2部が5人の国内関係者からのコメントと総合討議という構成でした。

 リッチマン氏は2008年にスイス国家エイズ委員会が医学誌投稿論文で発表したスイスステートメントから始まるU=Uの考え方に言及し、リッチマン氏自身、2012年にこの考え方を知ったことが「私の生き方を変えた」と述べています。

 感染のリスクがあるということで社会的に孤立し、疎外され、鬱になり、自殺にまで追い込まれる。そうした状態を変えるために「サイエンティストが我々に協力してくれた」ということです。

 実際にリッチマン氏は、明確なかたちで治療の進歩の成果を声明にしてほしいということを医学者たちに求め、それが2016年に南アフリカのダーバンで第21回国際エイズ会議が開かれた時期にあわせて、当時の著名な医学者やアクティビストらが米国で発表した『ウイルス量が検出限界以下のHIV陽性者からのHIV性感染のリスク』に関するコンセンサス声明につながっています。

 コンセンサス声明については当ブログでも2017年2月に日本語仮訳を掲載したので、関心がおありの方はご覧ください。

 

miyatak.hatenablog.com

 この時の声明は『ARTを受け血液中のウイルス量が検出限界以下となっているHIV陽性者からの性感染のリスクは、無視できるレベルとなっている』としています。当時はまだ、「無視できるレベル」という表現だったのですが、さらにその後の研究の成果によってリスク認識の定義が変わり、いまは『リスクはない』と断言することが研究者や国連合同エイズ計画(UNAIDS)、米疾病管理予防センター(CDC)などの国際機関、国家機関も含めた世界の共通認識になっています。

 リッチマン氏も講演の中で、リスクについては「実質的にない」とか「事実上、無視できる」という表現はすべきではなく、「リスクはない」と断言する必要があることを強調しています。

 サイモン・コリンズ氏は英国のHIVアクティビストの立場から、1998年の母子感染予防(PMTCT)や2008年のスイスステートメントなど、抗レトロウイルス治療(ART)の予防効果の認識からU=Uへと至る考え方と研究成果の変遷を概括し、そのエビデンスについても紹介しています。さらにそのうえで、医師にとってU=Uを知ることで患者とのコミュニケーションがよくなっているとの調査の結果も報告しています。

 医師にとって、U=Uの話はHIVに感染している患者に限定して行うのではなく、すべての患者に話をすることが大切だし有益でもある。この視点は、医療提供者と患者との関係をより良いものにするうえで、日本の医療関係者にも広く持ってほしいと報告を聞きながら感じました。

 クー医師は台湾のHIV陽性者人口が約4万人であることを紹介したうえで、2018年から台湾の新規HIV感染が減少していることを報告しました。短期の成果ではありますが、その理由は、自己検査、PrEP、早期ART開始を組み合わせた予防戦略にあるとご自身は考えているそうです。予防のオプションは複数あることが大切で、それをCUP of Tと表現しています。Cはコンドーム、UはU=U、PはPrEPです。Tは何でしょうか。よく聞き取れなかったのですが、お茶をしましょうといったあたりでTeaかもしれませんね。このうちのいくつかが使われればいいということです。

 悩みはメッセージがU=Uでは伝わりにくいことで、「測不到=得不到」などと漢字で表現することも試みていますが、文脈が変わってしまう恐れもあるということでした。U=Uのなじみにくさは、日本の場合もキャンペーン普及のネックになりそうです。

 ということで、不完全ではありますが、3人の講演を一応、紹介しました。

 じゃ、日本の現状の中で、U=Uをどう受け止めるかという問題が次に出てきます。それが第2部のテーマなのですが、このあたりになると、老人はもうかなり注意力が散漫になり、皆さんの発言に対するメモも全然、追いつかなくなっています。

 それにもう今日は夜が遅くなっちゃったし、まだ明日も余力が残っていれば、取材不足をごまかし、個人的な感想中心に終始する第2部報告を試みたいと思います(疲れちゃってだめかもしれないけど)。

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 写真は体を張ってU=Uを表現するクーさん、コリンズさん、リッチマンさん(左から)