HIV/エイズ対策からみた平成の30年 TOP-HAT News第127号

 平成の最後を飾る都内の桜は、新元号の発表よりも早く満開となったものの、本日はまた、恐るべき寒さでしたね。金曜日の夜桜見物に繰り出した方は、どうか風邪をひかないように暖かくして、ま、速やかに近隣のお店で大小宴会のパート2に移行した方がよさそうですね。

 TOP-HAT News127号は新元号発表直前の発行となりました。したがって週明けには分かる新元号表記はまだ使えません。知っているけれど使えないのでなく、知らないからなのだけど、そういう日々に書いたということは記録しておこう。

 ま、新元号の発表は月曜まで待つとして、平成の30年はエイズ対策から見て、どんな時代だったのか、振り返ってみました。一つの時代というよりも、ずいぶん大きな変化があった30年だったことを改めて実感しました。

 

 

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        第127号(20193月)

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TOP-HAT News特定非営利活動法人エイズソサエティ研究会議が東京都の委託を受けて発行するHIV/エイズ啓発マガジンです。企業、教育機関(大学、専門学校の事務局部門)をはじめ、HIV/エイズ対策や保健分野の社会貢献事業に関心をお持ちの方にエイズに関する情報を幅広く提供することを目指しています。

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エイズ&ソサエティ研究会議 TOP-HAT News編集部

 

 

◆◇◆ 目次 ◇◆◇◆

 

1 はじめに HIV/エイズ対策からみた平成の30

 

2 テーマは『HIVサイエンス新時代』

 

3  10年で米国内のHIV流行をなくす トランプ大統領が表明

 

4 『皆保険制度の国で在住外国人に健康格差の懸念』

 

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1 はじめに HIV/エイズ対策からみた平成の30

 新しい元号が間もなく発表され、51日から新元号の時代に移行します。「平成」はあと1か月ですね。混乱を避けるために西暦年も併記しながら、この30年のエイズ対策史を振り返ってみましょう。

 198917日に当時の小渕恵三官房長官が新元号を発表し、1週間だけだった昭和64年は翌18日から平成元年となりました。その年の217日にエイズ予防法施行、5月に大阪HIV訴訟、10月には東京HIV訴訟が提訴されています。

 厚労省エイズ動向委員会(当時はエイズサーベイランス委員会)の記録を見ると、1989年の年間報告数は新規HIV感染者 80件、エイズ患者 21件の計101件で、国内の報告が初めて100件を超えた年でもありました。 

 参考までに、500件を超えたのは7年後の1996年(平成8年)で、新規HIV感染者376件、エイズ患者234件、計610件。東京と大阪のHIV訴訟はこの年の3月に和解が成立し、8月には全国でエイズ拠点病院体制がスタートしています。

 平成の初期には、エイズは「死に至る病」とされ、原因ウイルスであるHIVに感染した人の9割以上が一定の期間を経てエイズを発症し、亡くなっています。感染に対する医療関係者の恐怖や不安が強く、診療拒否事例も各地で相次いでいたことは拠点病院体制が必要とされた理由のひとつでした。

海外ではニューヨークの画家、キース・へリング1990年(平成2年)、そしてロックバンド『クィーン』のフレディ・マーキュリーが翌1991年にエイズで死去しています。今年4部門でアカデミー賞を受賞した映画『ボヘミアン・ラプソディ』の主人公でもあるフレディ・マーキュリーの死は当時、ファンに大きな衝撃を与え、日本国内でもエイズによる死者を偲ぶレッドリボンが広がるきっかけになりました。

 医療面でその状態が大きく変わる節目になったのも実は1996年(平成8年)です。3種類の抗レトロウイルス薬を同時に服用する「カクテル療法」の高い延命効果がこの年のエイズ国際会議で報告されました。

研究の進展に従って呼び方は変わり、現在は抗レトロウイルス療法(ART)と呼ばれているこの治療法は、その後の成果により、完治には至らないものの、治療を続ければ、HIVに感染した人たちが感染していない人とほぼ同等に長く生きていくことも期待できる状態を実現しています。

 国内の動きに戻りましょう。1999年(平成11年) 4月には、伝染病予防法、性病予防法、エイズ予防法の予防3法が廃止、統合され、感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)が施行されています。感染症の流行と闘うには、予防対策と同時に治療の提供が重要なことを強調した法律です。同年10月にはこの新法に基づいて、わが国のエイズ政策の基本となるエイズ予防指針が告示され、ほぼ56年おきの見直し作業を経て、現行指針に至っています。

 国際的には、2000年(平成12年)の九州沖縄サミットを経て、翌2001年にニューヨークで国連エイズ特別総会が開かれました。エイズで最も大きな打撃を受けているアフリカなど途上国のHIV陽性者にも治療薬が届くようにしなければならないという考え方が広く世界に共有されるようになったのは21世紀に入ってからです。流行開始から20年もかかっています。2002年に世界エイズ結核マラリア対策基金(グローバルファンド)、2003年には米大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)が始動して治療の普及に資金が投入され、途上国向けに薬の価格を下げる交渉も続けられました。

 HIV/エイズ対策は、いま世界の課題になっているユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(誰もが手ごろな価格で医療を受けられる仕組み)の実現に向け、先駆をなす運動でもありました。

 国内では2000年ごろから男性同性間の性感染報告件数が急増しています。2004年には新規HIV感染者報告780件、エイズ患者報告385件、計1165件の報告があり、初めて1000件を超えました。さらに2007年には1500件(HIV感染者報告1082件、エイズ患者報告418件)に達しています。

しかし、以後の報告は年間1500件前後で横ばいの状態に移行しました。東京など大都市部で当事者コミュニティの人たちが行政担当者や研究者、医療機関などと協力してHIV予防やHIV陽性者の支援を軸にした対策に取り組んできた成果というべきでしょう。その地道な努力が治療の普及と相まって、何とか感染の拡大防止を実現したのです。

東京・新宿二丁目aktaなど性的少数者のためのコミュニティセンターが作られ、予防や支援の啓発拠点が確保できたことも成果を大きく支えました。

 世界全体でみても最近の10年は、治療の普及によるHIV感染の予防効果の有効性が様々な研究で確認され、治療の普及の重要性が一段と強調されるようになっています。

 こうした成果を失速させることなく継続、拡大させていけるかどうか。それは2030年に「公衆衛生上の脅威としてのエイズ流行」の終結を目指す世界の共通課題であり、同時に日本の課題でもあります。

エイズの流行は終わっていません。当面の成果はあくまで途中経過です。

そして、現在のHIV/エイズ対策は、平成の30年が経験した混乱と恐怖と不安、様々な悲しい体験の蓄積を通して得られた貴重な財産です。その対策のノウハウを生かし、現在の流行を継続的に縮小に転じていけるかどうか、それは新元号の時代に引き継がれるべき課題として残されています。

 TOP-HAT Forum(東京都HIV/AIDS談話室)のサイトにはエイズ対策史年表が掲載されています。あわせてご覧ください。

 http://www.tophat.jp/aids/e.html

 

 

 

2 テーマは『HIVサイエンス新時代』

 第33回日本エイズ学会学術集会・総会の公式ウェブサイトが開設されました。会期は今年(2019年)1127日(水)から29日(金)まで、会場は震災復興の地、熊本市中心部でオープンに向けた準備が急ピッチで進められている熊本城ホール(熊本市中央区桜町313)です。

 http://www.c-linkage.co.jp/aids33/

 『HIVサイエンス新時代 HIV Science New Age』をテーマに熊本大学エイズ学研究センターの松下修三センター長が会長を務めます。

 

 

 

3  10年で米国内のHIV流行をなくす トランプ大統領が表明

 米国のトランプ大統領25日、一般教書演説で『10年以内に米国のHIVの流行を確実になくすための予算を私は民主党共和党に求めたい』と述べ、HIV/エイズ対策に意欲を示しました。長い演説の中ではごく短い言及でしたが、同日付の米国政府のHIV/エイズ啓発サイトHIV.govではアレックス・アザ―ル保健福祉長官が『Ending the HIV Epidemic: A Plan for AmericaHIV流行終結へ:アメリカ国内計画)』という米国の新戦略について、もう少し詳しく説明しています。

 大統領は『eliminate(なくす)』と強めの表現を使っていますが、アザ―ル保健福祉長官によると『今後5年で新規感染を75%減らし、10年間では90%減らすこと』を目指しているようです。この数値目標が実現すれば、10年間で『25万件のHIV感染が防げる』ということなので、野心的な目標ではあります。ただし、米国内の新規感染がゼロになるわけではありません。うまくいけば現在の日本国内の年間HIV新規感染報告数の数倍程度に抑えられるという感じでしょうか。

 一般教書演説のHIV/エイズ言及部分、および演説を歓迎するUNAIDSプレス声明の日本語仮訳をエイズソサエティ研究会議HATプロジェクトのブログに掲載しました。

 https://asajp.at.webry.info/201902/article_2.html

 アザ―ル保健福祉長官の説明についても日本語で要旨を紹介しています。

 https://asajp.at.webry.info/201902/article_3.html

 

 

 

4 『皆保険制度の国で在住外国人に健康格差の懸念』

 日本国内で在住外国人の診療を続けている医師や国際保健分野の専門家らが英医学誌『ランセット』に『Health-care disparities for foreign residents in Japan』を投稿し、228日号の論評(Correspondence)欄に掲載されました。32日付の電子版(英文)で読むこともできます。

 https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(19)30215-6/fulltext

 また、東京大学大学院医科学研究科・医学部公式サイトの広報・プレスリリース最新情報では投稿内容が日本語で紹介されています。

 投稿者は、在住外国人の診療や研究に携わってきた沢田貴志港町診療所所長、安川康介医師、東京大学の神馬征峰教授(国際保健学専攻)、橋本英樹教授(公共健康医学専攻)で、日本語のタイトルは『皆保険制度の国で在住外国人に健康格差の懸念~富裕層対象の医療政策導入で悪化の恐れ 日本人医師グループが英医学誌で注意を促す ~』となっています。

 著者らは投稿の中で、わが国の現状及び今後について『外国人就労拡大政策を進めているにもかかわらず、日本の在住外国人に対する医療は他のOECD諸国より大きく遅れている。富裕層の旅行者を前提とした医療サービスの充実では在住外国人の健康問題が置き去りにされ、公平なサービスで健康を守ってきた日本の医療が損なわれる』と警告しています。詳細は広報・プレスリリース最新情報(31日付)でご覧ください。

 http://www.m.u-tokyo.ac.jp/news/press.html