何もかも後手後手であっても春は来る

 すっかり暖かくなりましたねなどと言っていると、急に冷え込んで風邪をひいてしまうに違いない。70年近く生きていりゃあ、そのくらいのことは分かるよ・・・と思いつつも、この陽気です。

 お昼は久しぶりに材木座のお蕎麦屋さんで肉せいろをいただき、隣の魚屋さんで晩御飯用のあいなめとあじの刺身を購入してから海岸を歩いて帰宅。3月11日の翌日。晴れ。引き潮の砂浜は広々、かつのんびりとしていました。

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 8年前は帰宅困難者として大手町で夜を明かしました。正午近くなってもJR東京駅はホームにすら近寄れない状態だったので、地下鉄銀座線渋谷経由で東横線に乗って横浜まで行き、さらに京急線新逗子までたどりつく。そして逗子駅前からバスで鎌倉まで戻ったんだけど、あの日の海岸線も悲しくなるほど強い日差しで輝いていました。
 ただし、被災地から遠く離れた鎌倉でもその後、何日も寒さと計画停電の日が続き、小町通の人通りもぱったりと絶えていたなあ。

 海岸まで歩いてすぐなのに、東日本大震災の後、1か月ぐらいは海辺に出る気持ちにはなれませんでした。寒かったし。 

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 3月11日は鎌倉の しらす漁解禁の日でもあります。つまり、本日は生しらす2日目。早朝の漁を終え、砂浜ではすでに漁船が休息の時を過ごしていました。漁業関係の皆さんは朝が早いので、おじさんが動き出す頃にはもう、世の中、終わっています。でも、周回遅れが日常になりつつある今だからこそ、こうして日々の営みが続くことのありがたさを身に染みて感じるのかもしれませんね。そういえば、寒さに縮こまってしばらく海岸に出ないでいるうちに、洗濯物のようにワカメが日差しを受けて並ぶ風景も終わってしまったのかな。

 何もかも後手後手であっても春は来る。