2月最後の1日は冷たい雨でしたね。テレビは米朝首脳会談のニュースで持ちきりでした。そもそも何らかの合意が成立するなどということがあり得るのだろうかと疑っていたので、会談の結果については、当然なのではないかと思います。
ノーベル賞はないよね、いくら何でも・・・。
それに比べて最近はどうも・・・と嘆くわけではありませんが、HIV/エイズ関連の話題となると見向きもされない印象もあります。ま、いいか。
目先の関心事ももちろん重要ではあります。その一方で、重大ではあるけれど、あまり関心を持たれることはなく、なおかつ長期にわたって継続している現象もあります。そうした現象の一つとして、HIV/エイズについても地道に発信を続けていきましょう。
TOP-HAT Newsの第126号です。フィリピンでは1月に『フィリピンHIVとエイズ政策法』という新しい法律が成立しました。
日本にいると、なぜいま?と思ってしまいがちですが、フィリピンのHIV/エイズの流行は急拡大の様相を呈しています。2017年の年間新規HIV感染件数は推計1万2000件で、2010年当時と比べると2.7倍に増えているそうです。
日本の現状は、年間の新規HIV感染者・エイズ患者報告件数が約1400件です。それが7年後、つまり東京オリンピック・パラリンピックが終わって5年か6年たった時点で、年間4000件ぐらいまで増えたとしたら、どうなるでしょうか。それでも世界のスタンダードからすれば、流行は抑えられている方なのですが、国内は大混乱かもしれません。「どうなってるんだ」と怒鳴りだす人も出てきそうですね。
たとえてみれば、いまのフィリピンはそんな状態でしょうか。「どうなってるんだと言われても、誰も警告に耳を貸そうとしなかったではないか」。そう言いたくなる人もいるかもしれません。
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第126号(2019年2月)
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TOP-HAT Newsは特定非営利活動法人エイズ&ソサエティ研究会議が東京都の委託を受けて発行するHIV/エイズ啓発マガジンです。企業、教育機関(大学、専門学校の事務局部門)をはじめ、HIV/エイズ対策や保健分野の社会貢献事業に関心をお持ちの方にエイズに関する情報を幅広く提供することを目指しています。
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◆◇◆ 目次 ◇◆◇◆
1 はじめに フィリピンは他山の石なのか
2 パレードは4月28日(日)
3 グローバルファンド日本委員会が設立15周年
4 『エイズは終わっていない 科学と政治をつなぐ9つの視点』
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1 はじめに フィリピンは他山の石なのか
アジア諸国の中でいま、HIVの新規感染が最も急速に拡大しているというフィリピンで、HIV/エイズ対策の新たな法律『フィリピンHIVとエイズ政策法』が成立しました。ドゥテルテ大統領が1月9日に署名し、その2日後の11日には国連合同エイズ計画(UNAIDS)アジア太平洋地域事務所が歓迎声明を発表しています。エイズ&ソサエティ研究会議HATプロジェクトのブログに声明の日本語仮訳が載っているのでご覧ください。
『フィリピンの画期的なHIV立法を歓迎 UNAIDS』
https://asajp.at.webry.info/201902/article_1.html
新法制定についてUNAIDSは『HIVの流行拡大を抑える政策ツールを確保し、HIV陽性者やHIVに影響を受けている人びとへの支援環境を整えるなど必要な法的枠組みを幅広く提供している』と評価しています。とくに以下の記述には注目したいですね。
『新法は、HIV陽性者、キーポピュレーション、弱い立場に置かれているコミュニティの人たちの人権を尊重し、守り、促進するようすべての関係者に求めている。法律は個人情報の保護を強化し、未成年へのHIV検査制限規制を含むHIVサービスへの障壁を取り除き、保健医療施設における差別およびソーシャルメディアやオンラインポータルでの弱者いじめを含むいじめを禁止している』
報道を通した指導者の印象のみで一国の政策を判断することはできませんが、過激な発言がしばしば伝えられるドゥテルテ大統領のイメージからすると、やや意外な内容です。それだけHIV/エイズの流行が深刻化しているということでしょうか。
2018年7月に発表されたUNAIDS推計によると、フィリピンの新規HIV感染件数は2010年に年間4400件だったのが、2017年には1万2000件に増えています。
http://www.unaids.org/en/resources/documents/2018/unaids-data-2018
(UNAIDSデータ2018:162~163ページ)
7年で174%増、つまり約2.7倍です。
国内の陽性者数はこの間に1万6000人から6万8000人に増加しました。4倍以上です。その6万8000人に対する検査や治療の普及の状況は次のようになっています。
HIVに感染している人のうち
・自らの感染を知っている人 71%
・治療を受けている人 36%
・検出限界値未満の人 不明
UNAIDSの歓迎声明によると、『新規感染の90%以上は男性とセックスをする男性(MSM)およびトランスジェンダーの人たちの間で起きている』ということであり、『2015年段階で自らのHIV感染を知っているMSM』は16%でした。
検査と治療の提供体制が整っていないこと、そして、その背景にはHIV感染の高いリスクに曝されているキーポピュレーション(対策の鍵を握る人口集団)に対する社会的な差別や偏見が根強く存在していることが推察できます。
フィリピンの感染拡大は5年以上前にすでに危機として認識されていました。2013年当時、国連人道問題調整事務所(OCHA)が運営していた独立の報道部門IRIN(International Regional Information Networks、国際地域情報ネットワーク)のサイトには『フィリピンのHIV/エイズ報告は、拡大の転換点に差しかかったことを示すのか?』という記事が掲載されています。こちらも日本語仮訳がHATプロジェクトのブログに載っているのでご覧ください。
https://asajp.at.webry.info/201309/article_1.html
記事によるとフィリピンのHIV感染は2007年から増加し、『2000年には3日に1件の報告だったのが、2011年には3時間に1件となっている』ということです。3日に1件だと年間では120件程度になります。2000年当時は日本(新規HIV感染者報告462件、エイズ患者報告327件)と比べてもはるかに少ない状態でした。増加に転じた理由について2013年当時のUNAIDSフィリピン国内調整官、テレシタ・バガサオ博士は「HIVの流行の質が変わっています。主要感染経路はいまも無防備なセックスですが、今は同性間性感染の報告がほとんどです。以前は異性間の感染でした」と語っています。
流行の現実が変化していること、そして対策もその変化を踏まえ、大きく転換する必要があることは2013年にすでに指摘されていたのに、新しい法律ができるまでに6年もかかりました。この間に政権交代など政治的、社会的な環境にも様々な変化があり、結果的にHIVの流行への対応は後手に回ってしまったようです。
危機の認識があったとしても、それが政治の意思にまで反映されなかったり、これまでの成果に満足して「エイズはもういいだろう」といった気分が社会に広がっていたりすると、必要な対策はなかなかとれません。そのことが感染の大きな拡大要因になることはこれまでにもしばしば指摘されてきました。日本はどうなのか。HIV感染の拡大は静かに進行するタイプの流行であることを考えれば、もって他山の石となすなどと言っていられる余裕は実はもう、あまりないのかもしれません。
2 パレードは4月28日(日)
性的指向および性自認(SOGI=Sexual Orientation, Gender Identity)のいかんにかかわらず、すべての人が、より自分らしく誇りをもって、前向きに楽しく生きていくことができる社会の実現をめざす東京レインボープライドの公式サイトに2019年の日程が掲載されています。
ゴールデンウィークの時期(4/27~5/6)をプライドウィークとし、東京・渋谷区の代々木公園イベント広場を会場とするプライドフェスティバルは4月28日(日)、29日(月・祝)の2日間。またプライドパレードは4月28日に行われます。詳細は公式サイトでご覧ください。
https://tokyorainbowpride.com/
3 グローバルファンド日本委員会が設立15周年
国内で世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)に対する理解を広げる活動を続けているグローバルファンド日本委員会(Friends of the Global Fund, Japan: FGFJ)が今年3月、設立15周年を迎えます。
2004年3月22日、日本国際交流センターと米国のアジア・ソサエティが共催した国際シンポジウム『アジアにおける人間の安全保障と感染症』が東京都内で開かれ、世界基金支援日本委員会(2011年にグローバルファンド日本委員会と改称)の設立が発表されました。2002年1月のグローバルファンド創設から2年3カ月後のことで、政財界や労働団体、学術経験者、NGOなど幅広い分野の有識者が委員として参加しています。
委員会は世界の三大感染症であるエイズ・結核・マラリアの流行克服を目指して政策対話や調査研究、意識啓発といった活動を続け、最近では誰もが必要な保健医療を受けられるようにするためのユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)実現を目指す世界の動きにも貢献しています。
4 『エイズは終わっていない 科学と政治をつなぐ9つの視点』
国連合同エイズ計画(UNAIDS)の初代事務局長、ピーター・ピオット博士(ロンドン大学衛生・熱帯医学大学院学長)の新著『エイズは終わっていない 科学と政治をつなぐ9つの視点』が慶應義塾大学出版会から刊行されました。
http://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766425413/
エイズ対策の経験と課題を国際政治や人権、経済、文化、市民社会運動など様々な視点から論じ、さらに長期的な展望も示しています。日本政府が創設した野口英世アフリカ賞の第2回受賞者(2013年)でもあるピオット博士の著書としては『ノー・タイム・トゥ・ルーズ ― エボラとエイズと国際政治』に次いで2冊目です。