『HIVのウイルス量と感染可能性 検出限界値未満なら感染はしない』 米3博士がU=U解説記事

 『U=U』については当ブログでも何度か取り上げていますが、まだ日本では「何それ?」という人の方が圧倒的に多いのではないかと思います。多少の濃淡はあるものの、実はアメリカでもそうなのかもしれませんね。米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)のRobert W. Eisinger、Carl W. Dieffenbach、Anthony S. Fauciの3博士がこれまでの科学的エビデンスを踏まえ、『U=U』が持つ意味合いについて解説した視点記事(View Point)です。1月10日付で米国医師会雑誌(JAMA)の公式サイトに掲載されました。
 《HIV Viral Load and Transmissibility of HIV:Infection Undetectable Equals Untransmittable》

 書き出しは日本語にするとこんな感じです。
 《HIV/エイズの流行終結HIV関連のスティグマの解消を目指し、健康への平等な権利を求める予防アクセスキャンペーン(Prevention Access Campaign)が2016年、U=U(検出限界値以下=感染しない)キャンペーンをスタートさせた。U=Uの意味は、HIVに感染していても抗レトロウイルス治療(ART)を受け、体内のウイルス量が検出限界値未満の状態を維持している人からは、他の人へのHIV性感染は起きないということだ》
 また、このコンセプトの重要性については影響範囲が広いことをあげています。
1 医科学および公衆衛生上の観点からHIV治療や予防に与える影響
2 社会的スティグマおよびHIV陽性者自身の内なるスティグマの解消
3 HIV感染を犯罪視する法律の不当性の指摘
 これはまあ、その通りでしょうね。ただし、影響範囲が広いということは、異なる立場の人がそれぞれの思惑に基づき、都合のいい部分だけを強調するという側面もあります。その結果、同床異夢のキャンペーンが展開されると、負のリスクも大きくなりそうです。
 あくまで個人的な感想に過ぎないことをお断りしたうえで言えば、「こんなはずじゃあなかった」といった思惑の食い違いもいずれ浮上してくるかもしれません。
 ファウチ博士らがこの解説記事を書いたのもおそらく、そうならないように広い視野でキャンペーンを把握していきましょうということを再確認するためでしょうね。以下、日本語による要約紹介を試みます。あくまで私のフィルターを通した解釈なので、内容については英文でご確認ください。
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Viewpoint January 10, 2019

HIV Viral Load and Transmissibility of HIV Infection
Undetectable Equals Untransmittable
 https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2720997

HIVのウイルス量と感染可能性 検出限界値未満なら感染はしない

 HIV/エイズの流行終結HIV関連スティグマを解消するため、健康への平等な権利を求めるPrevention Access Campaign(予防アクセスキャンペーン)は2016年にU=U(検出限界値以下=感染しない)キャンペーンをスタートさせた。1
抗レトロウイルス治療(ART)を受け、体内のウイルス量が検出限界値以下の状態を維持していれば、HIV陽性者から他の人にHIVが感染することはない。強力な科学的エビデンスに基づくこのコンセプトは、医科学および公衆衛生上の観点からHIV治療に与える影響やHIV陽性者自身の内なるスティグマの解消 2 、HIV感染を犯罪視する法律 3 などに広く影響を与えている。U=Uの科学的エビデンスとU=Uコンセプトの行動学的、社会的、法的な意味合いについて検証する。

 HIV/エイズ治療の最大のブレークスルーは1996年の抗レトロウイルス薬3剤併用療法であり、それは最新のプロテアーゼ阻害薬にも受け継がれている。多くの患者の体内でウイルス量が減少し、検出限界値未満の状態を継続できるようになった。2医科学データの検証に基づき、2008年にはスイスで、他の性感染症にかかっていないHIV陽性者が少なくとも6カ月間、検出限界値未満のウイルス量を維持していれば、他の人へのHIV性感染は起きないとする声明が発表された。4 U=Uコンセプトを最初に示す声明だったが、厳密な無作為化臨床試験を踏まえたものではなかった。

 2011年にはHIV不一致(一方が陽性、他方が陰性)のカップル1763組(98%は異性間カップル)を対象にしたHIV予防トライアルネットワーク(HPTN)052研究が、ARTの早期開始と遅らせたケースとを比較し、HIV感染は早期開始カップルの方が96.4%少なかった。予防としての治療の無作為化臨床試験による最初のエビデンスで5、この時点では結果の持続性や検出限界値未満のウイルス量と感染性との明確な相関は示されなかったが、その後5年間の追跡研究で早期にARTを開始し、続けていればウイルス量の抑制が維持され、HIV予防効果があることが確認された。6

 後続のPARTNER1研究では、HIV不一致のカップル1166組を対象に、HIV陽性者がARTを受け、ウイルス量の抑止を維持している場合(HIV-1のウイルス量が血液1ミリリットル中200コピー未満)のコンドームなしのセックスによるHIV感染リスクを調べた。コンドームなしの性行為5万8000回でHIV感染は起きていなかった。3 この研究では男性とセックスをする男性(MSM)のカップル数が少なく、統計的にウイルス抑制と感染リスクの関係を確認するには不十分だった。オーストラリア、ブラジル、タイのHIV不一致なMSMのカップル343組を対象にしたOpposites Attract研究では、588.4カップル年でコンドームなしのアナル性交1万6800回があり、HIV量が検出限界値未満(1ミリリットル中200コピー未満)のHIV陽性パートナーからの感染は起きていなかった。 3

 PARTNER2研究では、HIV不一致のカップル間で7万7000件ものコンドームなしの性行為を調べ、HIV陽性のパートナーのウイルス量が検出限界値未満なら、HIV陰性で曝露前予防服薬も曝露後予防服薬も受けていないパートナーにHIVが性行為で感染することはないと結論付けている。 7

 U=Uコンセプトの有効性は、ウイルス量の検出限界値未満を維持できるかどうかにかかっている。検出限界値未満の維持には(1)ARTを処方通りに続けることと服薬継続の重要性;(2)ウイルス抑制の時期;(3)ウイルス量検査の推奨;(4)ART中断のリスク(表)、を考えなければならない。

表 ウイルス量検出限界値未満を達成、維持するための原則
・抗レトロウイルス療法(ART)が最大限の利益をもたらすには処方通りに薬を服用することが不可欠
・検出限界値未満の達成には最大6カ月かかり、達成後も服薬継続が必要。
・米保健福祉省のガイドラインでは、血液中のHIV-1 RNAレベルが検出限界値(1ミリリットル中200コピー)未満に達した後も3~4カ月ごとにウイルス量検査が必要。ウイルス抑制と安定した免疫状態が2年以上維持できれば、検査間隔は6カ月ごとに延ばせる。
・治療の中断はU=Uの有効性を損なう。


 米疾病管理予防センター(CDC)の報告によると、2015年に米国内でHIV治療を受けたHIV陽性者の約20%は直近の検査でウイルス量が抑制(HIV-1 RNAが1ミリリットル中200コピー未満)されていない。また、同じ年に治療を受けたHIV陽性者の40%がウイルス量の抑制を12カ月以上、維持することはできていなかった。8 その背景には質の高い保健医療ケアが利用しにくいことを含め多くの要因があり、安定的な保健医療ケアの提供プログラムが、高いウイルス抑制率を可能にすることも示されている。

 U=Uのガイドラインは治療開始6カ月後にウイルス抑制を確認する必要があるとしている。ケニアウガンダで4747組のHIV不一致の異性間カップルを対象にした前向きコホート研究Partners PrEP trialは、ウイルス抑制(HIV-1 RNAが血液1ミリリットル中80コピー未満)の前と後にHIV感染リスクを判断するよう設計された。ART開始前のHIV感染率は100人年あたり2.08、ART開始0~6カ月後では1.79、6カ月以上では0.00だった。ART開始後6か月は感染リスクが残り、血液や性器におけるウイルス抑制が十分ではないことを示している。9 PARTNER1研究の感染例はすべてHIV陽性のパートナーの治療開始から4カ月以内に起きており、ウイルス量抑制の達成前だった。3

 成人と若者の抗レトロウイルス治療ガイドライン委員会は、ウイルス量検査の推奨スケジュールについて(1)ケアに入るとき、(2)ART開始または処方変更時、(3)ART開始または処方変更の2~8週間後、さらにHIV-1 RNAが血液1ミリリットル中200コピー未満に下がるまで4~8週間ごと、(4)抑制後は3~4カ月ごと、としている。治療を順守してウイルス量が抑制され、免疫状態が2年以上、安定している場合、委員会はモニタリング期間を6カ月ごとに延ばすよう推奨している。

 ART中断はU=Uの成果を大きく妨げ、2~3週間で通常はウイルスのリバウンドが起きる。ART中断後も継続時と同等のエイズ進行防止効果があるかどうかを調べたSPARTAC、SMART両研究では、どちらも中断がウイルス量のリバウンドにつながっていた。10 最近の12臨床研究に対する体系的な検証では、HIV陽性者がARTを続け、4~6カ月ごとのウイルス量検査でウイルス抑制(HIV-1 RNAが1ミリリットル中200コピー未満)を維持していればHIV不一致のカップルのHIV性感染リスクは無視できるレベル(100人年あたり0.00感染、95% CI, 0.00-0.28)だと結論づけている。3 U=Uキャンペーンでは、治療中断につながる生活上の問題に対応し、患者のケア継続を支援するプログラムが重要になる。

 要約すれば、U=Uのコンセプトを支える臨床データは10年以上にわたって蓄積されてきたものの、圧倒的に多数の科学的エビデンスが示されたのは最近である。U=UコンセプトはHIV陽性者がARTを求め、開始し、継続する動機を提供する。加えて、HIV/エイズの世界的大流行をコントロールし、究極的には終結させるための努力を促すことにもなる。また、恐怖や罪の意識、HIV陽性者の多くが経験してきた内なるスティグマや外部からのスティグマを取り除くことで、生物医学の最善の成果を行動学的、社会的な科学につなぐ橋にもなる。さらにHIV陽性者を犯罪者として扱い、他の人にHIVを感染させる、もしくはさせるかもしれないという理由で刑事訴追の対象とする法律に再考を促すことになる。