『エイズはいまなお政治課題である』 国際エイズ学会(IAS)年次書簡 エイズと社会ウェブ版327

国際エイズ学会(IAS)が2018年の年次書簡『AIDS IS (STILL) POLITICAL』を公式サイトで発表しました。医学の進歩で、エイズ終結の夜明けは近い・・・みたいなことが盛んに語られていたのは「つい昨日のこと」のようにも思えますが、最近は「やっぱり政治課題として対応しなければ」ということが再認識されているようです。

Annual Letter 2018

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医学の進歩はもちろん重要ですが、それだけでは無理。当たり前と言えば、極めて当たり前の認識ですね。そんなことも分からなかったの・・・と憎まれ口をたたく前に、HIV/エイズの流行という世界史的現象に対する長いトライ&エラーの繰り返しの中で新たな経験の蓄積が加わったことをまずは評価しましょう。大言壮語には、眉に唾してかかり、とはいえ過度にネガティブな反応に走ることもなく、POLITICAL回帰の趣旨はきちんと受け止めておく必要があります。

その一助にしていただけるよう、年次書簡テキストは現在、日本語仮訳作成を進めています(ま、だいたい終わったけど)。今年は以下の4課題に焦点をあてているようですね。

 

・だれのエイズ終結なのか?

・予防が後れを取っているのはどうしてなのか? 

・南部・東部アフリカ以外の低・中所得国に対しドナー国はどのようにHIV対策への支援を行うべきなのか? 

HIVコミュニティとして、流行に対処する他分野のアプローチを取り込むことができるのか?

 

 そして次の6つの約束。

1 HIVをより広いグローバルヘルスの課題とつなげていく

2 科学を活用して政治を動かす。

3 科学者、コミュニティのアドボケート、現場の保健医療従事者らをAIDS2018で学際的につないでいく。

4 予防への投資を優先させる。

5 画期的なHIV研究を可能にする。

6 人を中心にしたヘルスケアのために資金を生かす。

 

 仮訳の全文はいずれどこかでお読みいただけるように工夫したいと思いますが、とりあえず、翻訳作業の過程で、ちょっと目に留まった部分を抜き書き的に紹介しましょう。 

 

 『目覚ましい科学の進歩が、HIVとの闘いを大きく変えてきました。HIVをめぐる議論は、アクティビスト主導の危機への対応から、より専門技術的、生物医学的なものへと移り、政治的な側面はあいまいにされていったのです。しかし、いま、この正念場において エイズ終結」の議論が世界の多くの場所で現実から遊離しつつある中で 私たちは不愉快かもしれない議論にも踏み込んでいく必要があります』

 前文に相当する部分の一部ですね。個人的には「不愉快」というよりも「ぜひ取り上げてほしい議論」です。

 

 流行終結は政治目標ではありますが、一方で、終結どころか、こういう現実もあります。

『世界が史上最大の若年者人口を抱え、しかも、その若年層が成長して、思春期から若い成人層に向かうという現実の中では、ウイルス抑制の割合を急激に高め、HIVの感染率を大きく引き下げていかない限り、新規感染の増加は避けられません』

 

日本は現在、社会的にけっこう惨憺たる状況なのかもしれませんが、少なくとも低所得国から中所得国へと移行中なわけではないし、エイズ対策の現場の皆さんにとっては、国際資金など期待されこそすれ、こちらが期待などできたためしもなかった。

それでも、以下の指摘には身につまされる気分であります。

 『誤解しないでください。自らの流行に国内資金で対応することは、中所得国の指導者の責任です。しかし、いくつかの国では、十分な計画もないままに、国際資金からの移行があまりにも急速に進んでいます。この点はエビデンスが示されているのです。

 コミュニティとして、私たちは常に人を中心に据えて対応する必要があります。ひとつの国が海外援助を脱していくためには、排除されがちな人口集団に対し、不可欠なサービスを確実に継続していけるよう注意深く計画を組み立てながら進めていく必要があります』

 

 この辺りも含蓄があります。

 『しかし、より広範な保健システムへのHIVの統合を一括卸で売り払ってしまうことにはリスクがあります。HIVを他のグローバルヘルスや開発の課題に寄せていくにしても、人権の尊重やジェンダーの平等、参加型かつ包摂型の対応、コミュニティのリーダーシップと関与、私たちを励まし導いてきた野心的な目標設定、説明責任、透明性など、HIV対策の変革の源泉となった要素は保持していかなければなりません』

 

 424日(火)には『エイズ流行の終息をめざして―2030年までの国際目標達成に向けた科学・コミュニティ・政治の役割を探る―』というシンポジウムでIASオーウェン・ライアン事務局長が開会あいさつを行います。

 7月にアムステルダムで開かれる第22回国際エイズ会議(AIDS2018)の前には『刑法に関するHIV科学エキスパート合意声明』も発表されそうだし、『グローバルヘルスの将来とHIV対策に関するIAS-ランセット委員会』というのもできたようです。アムステルダムの会議には出席できませんが、情報収集は日本国内でもできるので、IASの動きにも注目したいですね。