効果50%ワクチンが示す『エイズ流行終結』の困難と希望・・・ エイズと社会ウェブ版310

 米国政府のHIV/エイズ啓発サイトHIV.govに掲載されている記事をもう一つ取り上げます。118日付です。実はオリジナルは米国立衛生研究所NIH)の109日付ニュースリリースということなので、元のニュースリリースを翻訳しました(同じものだけど)。

 タイトルは《HIV/エイズパンデミックを永続的に終結させるにはHIVワクチンが必要》。

https://www.niaid.nih.gov/news-events/durable-end-hivaids-pandemic-likely-will-require-hiv-vaccine

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 日本語仮訳はこのブログの最後に載せてあります。とりあえず、ばくっとまとめた内容を紹介しておきましょう(あくまで私がばくっとまとめたものです)。

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HIV治療と予防に関する医学の進歩は目覚ましいものがあるが、本気で公衆衛生上の脅威としてのエイズの流行を終結に導くには、抗レトロウイルス薬にだけ頼っていることはできない。中程度の効果が期待できるワクチンがあれば、目覚ましいものでなくても、それを実用化していく必要がある。国立アレルギー感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長は現状をそう分析しています・・・

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ま、こういう話ですね。短いリリースなので、やっぱり後ろに載せた日本語仮訳の全文を読んでもらった方が早いかもしれません・・・と言いつつ感想まじりの紹介をもう少し(どっちやねん)。

モデリング研究によると、現行の治療と予防の努力が持続し、少なくとも50%の効果が見込めるHIVワクチンが開発され、実際に使われるようになれば、パンデミックを抑えることが可能になる》

ということでファウチ博士は《少なくとも控え目な効果が認められるなら、HIVワクチン開発に向けた研究をしっかりと続けていくこと、そして同時に現在の治療と予防の手段は積極的に拡大を図っていくことが、極めて重要になる》と結論付けています。

 ワクチン研究者と抗レトロウイルス治療の研究者のどちらの面子も立て、しかも、理論上はともかくとして、現実の世界ではそう簡単に「エイズ流行終結」が実現するものではありませんよと逃げ道を残し・・・おっと、そうじゃなかった、釘を刺したうえで、研究の推進を鼓舞する。この豊かな政治性は鮮やかとしか言いようがありません。そう感心しながらも、同じような話を最近、どこかで書いたことがあるなと個人的には思う。

どこだったかな・・・今年の当ブログの書き込みを探していくと・・・ありましたね、ありました。94日付です

miyatak.hatenablog.com

ファウチ博士が例にあげた「モデリング研究」というのはおそらく、今年3月に米国科学アカデミー紀要(PNAS)という学術雑誌の電子版に掲載されている《Effectiveness of UNAIDS targets and HIV vaccination across 127 countries》という論文の数学モデルによる以下のような試算でしょうね。

 

・抗レトロウイルス治療の普及が現在のレベルのままだと、2015年から35年の間に世界全体で4900万人[4400万~5800万人]が新たにHIVに感染する。

UNAIDS95-95-95ターゲットが実現できれば、このうちの2500万人[2000万~3300万人]の新規感染を防ぐことができる。

・それでもなお、2400万もの人がHIVに感染することになるが、2020年に50%の効果があるワクチンを導入し、その効果を70%まで徐々に引き上げていけば、さらに630万人[480万~870万人]の感染が防げる。

 

 あれ? 90-90-90ターゲットだとか、T as Pだとか、エイズ流行終結だとかについて、世界中の研究者の多くが、エビデンスの名のもとに目いっぱい吹きまくっているストーリーとは、ずいぶん違う印象です。

だから、言ったじゃないのと言いたくなる気持ちは抑えて、あえて嫌味なことは言いませんが(えっ、もう十分、言ってる? 言ってませんよ)、改むるにはばかることなかれ、であります、研究者の皆さん。

もちろん、抗レトロウイルス治療の普及が過ちであるなどと言い張るつもりはまったくありませんが、同時に、ワクチンなどあてにしなくても、これさえあれば・・・みたいな極端な楽観論にくみするつもりもありません。

ワクチンと治療薬の両方がそろったとしても、社会的な課題に対応できなければ、宝の持ち腐れということになってしまうでしょう。そうしたことを総合的に考えていける知恵が必要だということぐらいは、知恵の浅い私のような者にも分かります。

 ファウチ博士もワクチン開発に向けた研究の重要性を指摘しつつ、こう言っているではありませんか。そして同時に現在の治療と予防の手段は積極的に拡大を図っていくこと。あくまで『そして同時に』であります。さすがに立派だなあ、この方は・・・。

 

 

 

HIV/エイズパンデミックを永続的に終結させるにはHIVワクチンが必要

  2017109日 NIH ニュースリリース

https://www.niaid.nih.gov/news-events/durable-end-hivaids-pandemic-likely-will-require-hiv-vaccine

 

 HIV感染の治療および予防における目覚ましい成果にもかかわらず、HIV/エイズパンデミックの永続的な終結には効果的なHIVワクチンの開発が必要になる。国立衛生研究所NIH)の国立アレルギー感染症研究所長、アンソニー・ファウチ博士は最新の解説の中でこう述べている。

 理論的には、現在のHIV治療と予防の手段が世界中で効果的に使われれば、HIV/エイズパンデミック終結させることができる。体内のHIVを検出限界以下に抑制させる抗レトロウイルス治療はHIV陽性者の健康にも、陽性者からHIV陰性の性パートナーへの感染を防ぐうえでも効果がある。加えて、曝露前予防服薬(PrEP)のような戦略は、感染のリスクが高い人たちへのHIV感染を効果的に予防することができる。

 しかし、現実的な視点に立てば、ワクチンなしにHIV/エイズの流行を終結させることはできそうもない。HIV検査と治療が大きく普及したにもかかわらず、継続的なギャップは依然として残っている。世界全体で、1700万人以上のHIV陽性者が抗レトロウイルス治療を受けられずにいるのだ。しかも、新規感染は高い割合で続いており、2016年だけでも推定で180万人が新たにHIVに感染している。モデリング研究では、地理的に人が広く散在している地域、とりわけ地方では、すべての人に必要なHIV治療と予防サービスを提供することは極めて困難であると示唆している。加えて、新規感染者が増えれば、世界中がそれに見合ったかたちで、治療や予防の資金を増やしていかなければならない。

 ファウチ博士は控え目な効果しかないHIVワクチンでも、現在の治療と予防の努力とあわせて展開していけば、かなりパンデミックを抑えることができると書いている。免疫システムはHIVに対して防御反応が不十分なので、HIVワクチンは100%近い効果がある黄熱ワクチンやポリオワクチンのように世界的な流行を制御したり終結させたりすることはできないだろう。モデリング研究によると、現行の治療と予防の努力が持続し、少なくとも50%の効果が見込めるHIVワクチンが開発され、実際に使われるようになれば、パンデミックを抑えることが可能になるという。

 少なくとも控え目な効果が認められるなら、HIVワクチン開発に向けた研究をしっかりと続けていくこと、そして同時に現在の治療と予防の手段は積極的に拡大を図っていくことが、極めて重要になるとファウチ博士は結論付けている。

 

 

Durable End to the HIV/AIDS Pandemic Likely Will Require an HIV Vaccine

October 9, 2017

 

Despite remarkable gains in the treatment and prevention of HIV infection, development of an effective HIV vaccine likely will be necessary to achieve a durable end to the HIV/AIDS pandemic, according to a new commentary from Anthony S. Fauci, M.D., director of the National Institute of Allergy and Infectious Diseases (NIAID), part of the National Institutes of Health. 

 

Theoretically, effective global implementation of existing HIV treatment and prevention tools could end the HIV/AIDS pandemic. Antiretroviral therapy that suppresses HIV both benefits the health of those living with HIV and prevents viral transmission to their HIV-negative sexual partners. Additionally, strategies such as pre-exposure prophylaxis (PrEP) can effectively prevent HIV acquisition among people at high risk for infection. 

    

However, from a practical standpoint, ending the HIV/AIDS pandemic without a vaccine is unlikely. Despite extraordinary progress in implementing HIV testing and treatment, substantial gaps remain. Globally, more than 17 million people living with HIV are not receiving antiretroviral therapy. This is compounded by the continuing high rate of new infections, an estimated 1.8 million worldwide in 2016 alone. Modeling studies have suggested that the wide geographic dispersion of people, especially in certain rural areas, would make it extremely difficult to reach all those who need HIV treatment and prevention services. In addition, the economic resources needed to leverage HIV treatment and prevention across the globe continually increase as people become newly infected. 

 

Dr. Fauci writes that even a modestly effective HIV vaccine could substantially slow the pandemic, if deployed alongside current treatment and prevention efforts. Because the immune system mounts an inadequate protective response against HIV, an HIV vaccine most likely will not be as effective as proven vaccines used to control or end global outbreaks, such as yellow fever and polio vaccines, which are nearly 100 percent effective. According to modeling studies, if current HIV treatment and prevention efforts are sustained and an HIV vaccine that is at least 50 percent effective is developed and deployed, the pandemic could be curbed. 

It is critical to continue and accelerate a robust research effort to develop an HIV vaccine that is at least moderately effective, while also aggressively scaling up the implementation of current treatment and prevention tools, Dr. Fauci concludes.