『国連活動が優先すべきもの』 エイズと社会ウェブ版293

 当然のことだとは思いますが、今年の国連総会は安全保障に焦点が当てられています。もちろん国際保健や新興感染症対策も広い意味での安全保障課題ではあるのですが、現時点で国際社会の主要な関心事項はもっと対象を限定した意味での安全保障課題です。

 そうした中で、国際エイズ学会(IAS)のオーエン・ライアン事務局長が国連総会の通常会期開始に際し、IAS公式サイトのブログ欄に『The key priorities that need UN action』というレポートを載せています。 

(お詫びと訂正:IASのオーエン・ライアン事務局長のお名前を誤って、ロバート・オーエン事務局長と紹介してしまいました。チェックの機会はいくらでもあったのに、一晩ぐっすり眠って、翌朝遅く目が覚めるまでまったく気づかずにいました。お詫びして訂正します。それにしても、どうしてこんなことになったのか・・・)

www.iasociety.org

 日本語にするとタイトルは『国連活動が優先すべきもの』といったところでしょうか。本文の日本語仮訳はエイズソサエティ研究会議HATプロジェクトのブログに掲載しました。ちょっと長いけれどこちらもご覧ください。

 日本語仮訳:『国連活動が優先すべきもの』

 

 困難な課題を山盛りで抱える世界の現状の中で、HIV/エイズ対策はともすれば「置き去り」にされがちですが、関心が盛り上がったり、下がったりは世の常ですね。「エイズはもう旬じゃないから、ほどほどに」というわけにはいきません。 

ライアン事務局長もだからこそ、この時期にあえて『エイズの流行は事務総長に対し、さらにもう一つ大きな課題を突き付けるとともに、変革をもたらす機会も提供しています』と書いたのでしょうね。

今年1月に就任したアントニオ・グテーレス国連事務総長に対しては『世界は公衆衛生上の脅威としてのエイズ流行に終止符を打つことができるかどうか。任期中にそれを決定づける財政、政策、実践上の選択を迫られることになります』として、エイズ流行終結という国際社会の約束の実現に向け、明確なリーダーシップを発揮するよう求めています。

また、『エイズ対策の経験から得た教訓を踏まえ、より健康で安全で平等な世界のために事務総長が採用しうる5項目』も示しているので、その5項目も紹介しておきましょう。

・社会、経済格差との闘いに率先して取り組む

・世界の進歩を促す柱として人権と社会正義を重視する

 ・つらい仕事を積極的に引き受ける

 ・ユニバーサルアクセスを進め治療薬を手ごろな価格で利用できるようにする

 ・国連改革を加速させる

 

 それぞれに短い説明がついています。詳しくは日本語仮訳を読んでいただくとして、個人的に私が注目したのは、最初の『社会、経済格差との闘いに率先して取り組む』の中の次のような記述です。

『中所得国には信じられないほど裕福な人がいると同時に、世界の貧困層4分の3近くが暮らしています。社会の周縁に追いやられがちな人たちの間でHIVの新規感染が急速に拡大している地域でもあります』

HIV/エイズ分野では、ロシアや中国はその中所得国のカテゴリーに入るのだと思いますが、UNITED NATIONS(もともとは連合国という意味)である国連の中では大国です。安保理常任理事国であり、国際の平和と安全をめぐる課題に対しては拒否権も持っています。その大国でいまHIVの感染がどのくらい広がっていて、今後はさらにどこまで拡大していくのか。それがどうもいまひとつ、つかみきれません。

2番目の『世界の進歩を促す柱として人権と社会正義を重視する』にはこんな記述もあります。

『多くの国で独裁主義が広がり、市民社会は委縮し、人権の侵害や社会的な不公正を容認する傾向が強まる中で、国連事務総長は世界が認める指導者として、それに対抗しうる考えを明確に示す必要があります』

支援すべきは国なのか、人なのか。現実の問題として世界はいま、ますます悩ましい課題に直面しています。それらの課題と切り離して「HIV/エイズはあくまで医療の問題だから」などと無邪気に考える人はまあ、いないでしょう(と思っていたら、残念ながら日本にはいらっしゃるようなので、「そう多くはないでしょう」ぐらいにトーンを下げておいた方がいいかもしれませんね)。

かけ声はともかくとして、HIV/エイズの流行に対する国際社会の関心が以前より低下していることは否めません。エイズの流行は、終結どころか、現状のままでは再拡大を招きかねない。国連の外にある独立の専門家団体の事務局長が、あえて国連事務総長に改革を求めるのも、そうした危機の意識を強く感じているからではないかと思います。