ババトゥンデ・オショティメインUNFPA事務局長が急死

 国連人口基金UNFPA)のババトゥンデ・オショティメイン事務局長が6月5日夜(米東部時間)、ニューヨークの自宅で急逝しました。68歳でした。お悔やみ申し上げます。

 UNFPA東京事務所の公式サイトに死去のお知らせが掲載されています。
 http://www.unfpa.or.jp/about/index.php?eid=00019&showclosedentry=yes

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 「オショティメインは、3つの革新的な目標を精力的に推し進めていました。1つ目は、予防可能な妊産婦死亡をゼロにすること、2つ目は、家族計画に関するニーズを全て満たすこと、そして3つ目は、女性や少女に対して行われている有害な風習をゼロにすることです。UNFPAは一丸となって、これらのグローバルな目標の下に結集し、彼のレガシーを引き継いでいきます」
 死亡の原因は明らかにされていませんが、ナイジェリアのオンライン新聞 Premium Times は親しい知人の話として、オショティメイン氏は教会からニューヨークの自宅に戻り、一人でテレビを観ている間に亡くなったと伝えています。原因は分からないとしつつ、Premium Timesの記事は、突然の心停止ではないかと推測しています。

 国連アントニオ・グテーレス事務総長は「世界は、すべての人々の健康そして福祉の偉大なる擁護者を失いました」とする追悼メッセージを発表するとともにUNFPAのナタリア・カネム事務局次長をUNFPA事務局長代行に任命しました。
 グテーレス事務総長は追悼メッセージの中で次のように述べています。
 「ナイジェリアの保健大臣であった頃も含め、長年に渡り、家族計画、女性の教育、子どもの健康、そしてHIV/エイズへの対応など、人類の発展において不可欠な要素であることを訴えた彼の発言は非常に貴重なものでありました」

 オショティメイン氏はナイジェリア出身の医師で、2011年にUNFPA事務局長に就任。2期目の任期半ばでした。それ以前にはナイジェリア保健相やナイジェリア国内のHIV/エイズ対策を統合する国家HIV/エイズ活動委員会の委員長などを務め、アフリカのエイズ対策を主導する政治家の一人でもありました。

 日本記者クラブでは2011年4月25日、および2012年10月1日に記者会見を行っています。会見の報告と会見動画は日本記者クラブ公式サイトの以下のページで御覧いただけます。
 https://www.jnpc.or.jp/archive/conferences/22558/report/
 https://www.jnpc.or.jp/archive/conferences/24879/report/