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吉村昭著『東京の下町』 読後感想文

 2006年に亡くなった作家の吉村昭さんは東京の日暮里で生まれ育った。エッセイ『東京の下町』は戦前の日暮里周辺の町の様子を少年時代の記憶とともに描いている。ご自身が書かれているように雑誌の編集者に進められ、自分でも、そんなに書く材料はないだろうと思っているうちに一冊の本になるほど雑誌の連載が続いた。土地と人の記憶が織りなす相乗効果だろう。

 雑誌『オール読み物』の連載は1983年9月号から85年2月号まで1年半にわたって続き、連載終了の半年後に単行本が出版された。私が書店の店頭で新刊として手に取ったのは1989年(平成元年)に刊行された文庫の新装版だという。

  

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 『東京の下町』というタイトルにひかれたのは私自身、東京の下町で育った影の薄い(他の人の印象にはあまり残らない引っ込み思案の)少年だったからだ。

 冒頭の「其の一 夏祭り」には子どもミコシの思い出を語るこんな記述があった。

 『私は内気な性格であったので、それをながめているだけであったが、二歳下の弟はいつもワッショイ、ワッショイと大人びた顔つきでミコシをもんだりし、時には山車にのって得意げに太鼓の撥もふるっていた』

 吉村さんが書いているのは戦前の下町であり、私は戦後生まれなので時代は明らかに違う。だが、吉村さんの記憶に共通する感覚は、昭和30年代前半の小学生にも確かにあった。たとえば、祭りの掛け声に対するこんな違和感。

 『ソイヤとか、ホイヤ、セーヤなどとやっている。私が、この奇妙な掛け声を初めて耳にしたのは、二十年近く前、NHKテレビの依頼である下町の著名な神社をリポートした時である』

 あっけにとられている吉村さんに年老いた世話人の一人が「何となくああなってしまいましてね」と言い、吉村さんは『「なんとなく」変えてしまっては困る』と思う。

 これは立ち読みしている場合ではありませんね。「購入してじっくり読むか」と私は平台の一冊を手にレジへ向かった。祭りの掛け声をなんとなく変えてしまったのが、私の育った下町でないことを祈るよ・・・。

 吉村さんのゆったりとした書きぶりでよみがえる戦前の『東京の下町』は、私の育った戦後とは大きく異なっているはずだが、それでも共通の記憶とでも言うべきものがあちらこちらに出てくる。たとえば蝿取りデー。

 『緑色の金網のはられた蠅たたきで蝿を殺し、それを茶封筒に入れて町会事務所に持ってゆくと、なにがしかの景品をくれる』

 あったなあ。町会事務所でなく、保健所だったと思うけど茶封筒に入れて持って行った。子ども同士、殺した蝿を割り箸でつまんで封筒に入れ、その数を競うことに妙な対抗心がわき上がる。それほど多くの蝿がいる住環境は本来、自慢にもならないのだけど・・・。

 たとえば、くみ取り便所。吉村さんは『昔はよかったという人がいるが、便所だけを例にとってもそうとは思えない』と書く。つくづくその通りだと思っていたら、あとがきにはこうも書かれていた。

 『考えてみると、日本人の生活は、大ざっぱに言って明治以後、昭和三十年頃まで基本的な変化はあまりなかったように思う』

 そうか。私などはその最後の方に東京の下町で幼少期を過ごした少年だったのか。

 『下町ブームとかで、すべてが良き時代の生活であったごとく言われているが、果たしてそうであろうか。確かに良きものがありはしたが、逆な面も多々あった。

そうしたことを私は自分の目で見、耳できいたまま書くことにつとめたつもりである』

 またしてもその通りと思いつつ、それでも自分が生まれる少し前の時代の魅力が、懐かしい思い出のように伝わってくる。類い希な作家の貴重な記述というべきだろう。こういうことがあるからやはり、本は書店で手に取って購入すべきですね。