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『正義の日々』(詩編・エイズの時代を生きる から) 

 少々、季節外れではあるけれど、この詩も紹介しておこうかな。つまるところ私は自分のことにしか関心が向かず、自分勝手でせこくて小さくて、しかも都知事にはなれない人間であるという苦い現実を認めているだけのことなんだけど。

 2002年の日本エイズ学会を思い出して2年くらい後に書いた詩と、さらにその3年後、北海道洞爺湖サミット開催の半年ぐらい前に書いた蛇足の説明です。

 時間がたつのは速いというか、なんというか。もうすぐ伊勢志摩サミットですね。8年もあるといろいろなことが起きます。一応、日本は、北海道洞爺湖サミットで首相だった人の次に首相になった人が、あれこれあった末に、いまも首相です。

 

正義の日々

 

正義が

勝つとは限らないが

勝ったら正義だということはできる

正しいものが勝者であることはもちろん

強いものが勝者であることすらないとしても

勝ったものが勝者であるという

平明な事実の中で

私たちの日々は

あまりにも多くの正義にあふれている

正しくありたいという思いが募るその一方で

正しいことがそれほど大切なのだろうかと

相反する疑問が次第に膨らんでくる

それを成熟とも疲労とも呼ぶことは可能だろう

走り抜けるにはもう

スピードもスタミナも落ちている

 

タクシーじゃなきゃ

いやよ

開発援助を研究する

少女が言った

駅までは寒いし

こんなに疲れているのに地下鉄なんて

途上国でエイズ治療薬が使えるようにするために

私たちはいまどうしたらいいのか

シンポジウムの長い議論の果てに

もちろん結論は出ない

賞味期限の切れかけた失意と疲労感を抱えながら

国際会議場の冷たい廊下を抜け

名古屋名物ひつまぶしを食べに

私たちは繁華街へと繰り出す

貧しさと豊かさのギャップ

それがそのまま生命の格差につながる

この現実を変えるには

女性のエンパワメントが必要よ

それは正しい

三杯目にはうな茶漬け

もちろんそれも正しい

 

豊かな社会の中で比較的貧しい生活を送ることが

貧しい社会の豊かな人々にはどのように映るのか

貧しさにおいても豊かさにおいても

私たちが一緒であることは決してなく

私とあなたが同じ価値観を共有することもできない

できると思うことすらお互い心外であるだろう

私が何かをするにしても

それは私のためであることを

あなたはともかく

私は納得しなければならない

      (2004)

 

 

 エイズの流行は1980年代の初頭に、北米大陸の西海岸と東海岸の大都市圏で、主に男性同性愛者の間に広がる不思議な病気の流行として報告されました。それが、ゲイコミュニティだけに広がる病気の流行ではなく、しかも、病原ウイルスであるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)は性行為や薬物注射の注射器具の共用などによって、先進国、途上国を問わずに感染が拡大していく感染症であることも比較的、短時日のうちに明らかになっていきました。

 

 1990年代に入ると、先進諸国の流行ももちろん深刻だが、それ以上に深刻な打撃を受けているのが、医療保健基盤の脆弱な途上国、とりわけサハラ砂漠以南のアフリカ諸国であることが明確になりました。地球人口のほぼ6割を占めるアジアでは、多くの国が流行の初期段階にあるものの、感染の拡大傾向は顕著に認められることが新たな懸念材料として指摘されるようになりました。

 

 そして1995年ごろから、複数の抗レトロウイルス薬を同時に使うことで、高い延命効果が期待できる多剤併用療法が普及し、先進国ではエイズによる死者数が劇的に減少しました。つまり、最新の治療を受けることができる先進諸国のHIV陽性者にとっては、エイズは必ずしも死に至る病というわけではなくなり、病気をコントロールしながら長く社会生活を続けていくことが期待できる慢性疾患的な性格を持つ病気としてとらえられるようにもなりました。

 途上国と先進国の間の生命の格差ともいうべき現実をここまで露骨に見せつけられて、それでもなお、現実を放置していることが可能なのか。エイズ治療薬をめぐるアクセスの問題は、そうした大きな課題を抱えています。国連エイズ特別総会が開かれ、米中枢同時テロが発生したのが、ともに21世紀の最初の年である2001年であり、しかもその舞台がニューヨークであったことは、私には単なる偶然には思えません。

 

 名古屋で日本エイズ学会が開かれたのは2002年の11月の終わりでした。そこで何が議論されていたのか、残念ながら私には、ひつまぶしの食べ方以上にはっきりと憶えているものはありません。困難な課題ではありますが、世界はすでに、何とか途上国のHIV陽性者にも治療を届けようと真剣に考え、まがりなりにも動き始めていました。そのきっかけを作ったのは、実は日本がホスト国であった九州沖縄サミットであるということも少しずつ国際的には評価されてもいました。しかし、日本という国の中にいると、そうした動きとはまったく関わりなく世の中が動いているようにすら感じられました。

 

あれから5年が経過し、北海道では来年7月、再び日本がホスト国となるG8サミットが開かれます。本日、首相に選出された新しい指導者が、北海道洞爺湖サミットで他の7カ国首脳と一緒に記念撮影に収まることになるのかどうか、それすらも確信をもって予言できる人は、いまの日本にはあまりいないのではないでしょうか。