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水野達男著『人生の折り返し地点で、僕は少しだけ世界を変えたいと思った。』

 長い間、さぼっていたので、ずいぶん久々の読後感想文になりました。

 

 マラリア対策について日本記者クラブで記者会見をお願いしたり、世界エイズ結核マラリア対策基金(グローバルファンド)関係の国際会議でばったり顔を合わせたりということで、著者の水野達男さんとは何度かお会いしたことがある。そして、そのたびに印象に残っているのは、水野さんがいつも笑顔でいることだった。

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 ご覧いただけば分かるように表紙の写真もまた笑顔である。何なんだろうね。こちらもまた元気が出てきそうになってしまいそうではないか。「悩みがない」などとはもちろん思いませんが、いつも笑顔でいられるのはどうしてなのか。少々の悩みはものともしないかのように見える、その背景には何があるのだろうか。

 

 ということで多少は引き気味の気分を抱えつつ、本書を開いたら、いきなり抑うつのために腰が抜けて立てなくなり、ドクターストップがかかったという話から始まった。2008年7月、水野さんはアフリカでマラリア対策の蚊帳を売るプロジェクトの担当部長として新ビジネスの先頭に立っていた。

 

 企業の社会貢献として進めてきた蚊帳の普及をビジネスとしても軌道に乗せる・・・聞いただけでも私などは逃げ出したくなってしまうが、水野さんは敢然とそれに挑み、その過労とストレスで自分でも気が付かないうちに身体が悲鳴をあげちゃったわけですね。これ以上、働いてはだめという自宅休養命令は40日に及んだという。

 

 本書は『人生の折り返し地点で、僕は少しだけ世界を変えたいと思った。』というタイトルだが、水野さんの折り返し地点は、ひとつの点ではなく、むしろゾーンといった方がよさそうだ。つまり、2008年に腰が抜けてしまったときが最初の「考え方の転機」。やり手の国際ビジネスマンだったからこそ、逆に40日間、何もすることがなく自宅待機の日々を過ごしながら、ずっとこのままでいいのだろうかと考える。アフリカの病院で目の当たりにした光景を思い出し、自分が本当にやるべきことは「こんなふうに子どもを亡くして悲しむ人を少しでも減らすことなんじゃないか」と思うようになる。

 

 この感覚は実は、やり手のビジネスマンでも何でもなく、どちらかというとやる気のない新聞記者を40年も続けてきた私にも分かる。ただし、私と違っているのは、仕事に復帰した後の水野さんがまた、ばりばりと活躍してマラリア対策の蚊帳をビジネスとしても軌道に載せてしまったことだ。これはないよねなどと思うようでは、いつまでも嘱託の身で冴えない新聞記者を続けるはめになってしまうのだが、水野さんには第2の転機が訪れる。

 

 それが2012年、大手企業の部長からNPO法人マラリア・ノーモア・ジャパンの専務理事への転身だった。長くサラリーマンをやっている人なら、このディールが冒険であることは分かるに違いない。まあ、他に道はなかったのかもしれませんが、水野さんは追いつめられてというよりも、自ら望んで飛び込んでいったという風情である。おそらくはここで2008年から4年間の折り返しゾーンが意味を持ったに違いない。折り返し地点というポイントではなく、ゾーンがあったことで、少しだけ世界を変えたいという思いに少しずつ手応えがつかめていったのではないか。

 

 飛び込まないタイプの私は、無責任にもそんなことを思いながら本書を面白く読ませていただいた。言い方は変だが、世界を変える男の使用前、使用後といいますか。そしてその中間ゾーンの経験に裏打ちされたリアリティといいますか。ビジネスの極意やサラリーマンの働く心得が学べるかと思えば、第2の人生いかに生きるべきかといった同年代への応援メッセージに勇気づけられる部分もあり、だんだん年をとるのも悪いことじゃないぞという気がしてくる。表紙の笑顔はひょっとするとけっこう曲者なのかもしれない(あ、水野さん、ごめんなさい。そんなことは決してありません)。でも、読む前より笑顔が一段と味わい深く感じられるから世の中、不思議であります。