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『NO TIME TO LOSE』再読 その4 第11章プロジェクトSIDAから

 

 少し間があきましたが、『NO TIME LOSE』のさわりの部分を紹介するシリーズ第4弾です。

 《私たちがモンタニエのチームに送った血液検体の一つは、私が針刺しの愚かなミスをしたときの男のものだった。私は自分の血液も送った。本当に怖かったのだ》

 ピーター・ピオット博士は1983年にザイール(現コンゴ民主共和国)の病院で採取した血液を84年初頭、パリのパスツール研究所の部長だったリュック・モンタニエ博士のもとに送った。エイズの原因ウイルスの発見者であるモンタニエ博士のグループが感染の有無を調べる抗体検査の方法も開発していたからだ。ピオット博士はその少し前にザイールでエイズを発症した男性の血液を採取する際に針刺し事故を起こしていた。

 自らも針刺し事故でウイルスに感染しているかも知れないと不安になり、ピオット博士は自分の血液もそれらの検体の中に含めていた。結果を電話で聞き、自分が感染していないことを確認したときの気持ちをピオット博士はこう書いている。

 《極めて重要で、身が引き締まる瞬間だった。そして私自身、身が震える思いだったが、私の血液は陰性だった。私の血液に少し混じったかもしれない男の血液は陽性だったが、私は感染していなかった。信じられないほど安堵した。それは実際の生きた教訓であり、私は以後、自分が関わるチームによるすべてのHIV検査で、結果が分かるまでの時間が極力、短くなるよう努めた。「2週間たったら、また来てください」などというのは妥当な手続きとはいえない。その間の不安は耐えがたいものだ》

 32年後の現在、エイズを取り巻く状況は大きく変わっている。抗レトロウイルス治療の劇的な進歩により、HIVに感染することはすでに、遠からぬ死を意味するわけではないし、針刺し事故が発生したとしても、すぐに抗レトロウイルス薬の投与を受ければ、感染のリスクを大きく低下させることができる。曝露後感染予防(PEP)の手法が確立されているのだ。

 1985年~2013に米国内の医療機関で発生した医療従事者の職業的HIV感染事例を集計した米疾病予防管理センター(CDC)の報告によると、2000年以降の感染報告事例は全米でわずか1件(2008年に検査技師がHIV培養時に注射針を深く刺してしまった事故)だった。報告の一部を日本語仮訳で紹介しよう。

http://asajp.at.webry.info/201501/article_3.html

 

 《1985年から2013年までの間に、医療従事者(HCW)に対するHIVの職業的感染は58件の確認例と150件の可能性例がCDCに報告されている。2000年以降の確認例は1件(2008年に検査技師がHIV培養時に注射針を深く刺してしまった事故)の報告のみである。

 確認例58件のうち感染に至った曝露事例の内訳は;経皮的な針刺し、切り傷(49例)、粘膜への曝露(5例)、経皮的および粘膜への曝露の両方(2例)、不明(2例)となっている。49人のHCWはHIVに感染している血液から、4人は検査室で濃縮されたウイルスから、1人は血液まじりの体液から、4人は特定できない体液から感染していた。確認例、可能性例のHCWの職務は様々である》

 (現場からの報告:保健医療従事者のHIV職業感染 米国1985-2013 MMWR 2015年1月9日/ 63(53);1245-1246)

 つまり、通常の医療行為の中での感染防止策がとられていれば、HIV感染のリスクはほとんど無視できるほどに低くなっている。にもかかわらず、日本国内ではいまも、HIV陽性者への診療を遠回しに忌避したり、HIV陽性者が医療従事者として働くことを拒否したりといった事例が時折、報告されている。恐怖や不安への対処、あるいはその恐怖や不安の淵源となっているHIV陽性者への社会的なスティグマへの対処は、35年におよぶエイズの流行を経験したいまもなお、困難であり、同時に重要な課題であることを示しているとはいえないだろうか。