MDGsからSDGsへ 持続可能な「流行終結」を目指す

 本日(15日)付のビジネスアイ紙に掲載されたコラムです。


MDGsからSDGsへ 持続可能な「流行終結」を目指す
http://www.sankeibiz.jp/compliance/news/151215/cpd1512150500001-n1.htm

 国内ではあまり注目されていないが、今年はミレニアム開発目標(MDGs)の最終年だった。20世紀最後の年に世界の首脳が国連に集まり、地球上から貧困をなくそうと採択した国際社会の共通目標である。
 8項目のゴールには、目標4乳幼児死亡率の削減、5妊産婦の健康状態の改善、6エイズマラリアその他の疾病の蔓延(まんえん)防止-と保健分野の目標が3つも入っていた。中でも感染症対策は、目覚ましい成果をあげた分野として評価されている。
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 2000年の九州・沖縄サミットで、議長国の日本が途上国の感染症対策を支援するための追加的資金の必要性を訴え、それが02年の世界エイズ結核マラリア対策基金(グローバルファンド)創設につながった。医学の進歩とあわせ、成果をもたらす主要因となったのは、投資の拡大だ。
 エイズ対策を例に取ると、その追加的資金に支えられ、「治療の普及」が大きく進んだ。エイズの原因となるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染した人の体内からウイルスを完全に取り除く方法(いわゆる完治)はいまも、数例の例外的事例を除けば報告されていない。
 ただし、HIV陽性者の体内でウイルス増殖を抑える抗レトロウイルス薬は何種類も開発されている。感染を早期に把握し、複数の薬を組み合わせる抗レトロウイルス治療を続ければ、体内のHIV量を低く抑えた状態を保ち、他の人への感染のリスクを大きく下げたまま、平均寿命近くまで生きることも可能になっている。
 MDGs開始当時は薬の価格が高く、貧困国で治療を提供することはほぼ不可能とされていた。だが、今年6月時点の国連合同エイズ計画(UNAIDS)推計では、抗レトロウイルス治療を受けている途上国のHIV陽性者は1600万人に迫っている。03年当時の約40倍である。
 この成果は現場の医療関係者やHIV陽性者自身の努力の結果だろうが、同時にグローバルファンドや米国の大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)などから投入された資金と、その資金力を背景にした薬の値下げ交渉、知的財産権をめぐる例外規定交渉なども大きく寄与してきた。
 残念ながらそれでもなお、世界には治療を受けられないHIV陽性者が2000万人以上も残されている。最新の推計では、世界のHIV陽性者数は昨年末現在で3690万人に達している。その6割近くが生存に必要な治療を受けられずにいるのだ。
 UNAIDSのミシェル・シディベ事務局長は12月1日の世界エイズデーに向けたビデオメッセージでこう語っている。
 『世界は2030年のエイズ流行終結を持続可能な開発目標で約束しました。野心的ではあるが、達成可能な目標です』
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 持続可能な開発目標(SDGs)は年明けの16年から30年までの新たな国際目標である。MDGsでエイズ対策などの成果が目覚ましかったせいか、「使えるツール」としての期限付き目標に対する期待度は2000年当時より高い。MDGsが8目標だったのに対し、SDGsは17目標169ターゲットへと間口が広がっているのも、そのためだろう。ただし、その分、総花的な印象も免れない。
 その中で、MDGsでは3つだった保健分野の目標は1つに統合され、エイズ対策などは「成果があがったのだから、もうほどほどでいいのでは」といった意見が他分野からささやかれることもあった。
 成果が次の苦境につながってしまうようでは困る。何よりも持続が必要だ。シディベ事務局長が強調する「エイズ流行終結」も、掛け声は威勢がいいが、想定されているのは実は「公衆衛生上の脅威としての」という前提条件付きの流行終結である。
 治療と予防の普及をさらに進め、15年後の年間新規感染者数を現在の10分1の20万人に抑える。具体的にはそれが目標だ。HIVに感染する人がまったくいなくなるわけではない。地域の風土病レベルに抑え、それ以上、流行が広がらないようにしてワクチンや完治療法の開発を待つ。2030年の「終結」も実は、持続可能な息の長い努力の枠内にある。この点は肝に銘じておくべきだろう。