『世界の対応は遅すぎた』 エボラ独立委員会が報告 エイズと社会ウェブ版204

 西アフリカのエボラ流行に関する国際保健専門家の独立委員会が英医学誌ランセットに報告書を発表したそうです。私は直接、報告書を読んだわけではなく、英国の放送局BBCのニュースサイトで知りました。私の拙い日本語仮訳で恐縮ですが、そのニュースの一部を紹介しておきましょう。

 《エボラの流行に対する世界の対応は遅すぎた 保健専門家が報告》
  http://www.bbc.com/news/health-34877787

 BBCは冒頭部分で『最近のエボラの流行による「不必要な苦痛と死」を招いたことで非難されるべきは、国際的な対応の遅れとリーダーシップの失策である。国際保健の専門家による独立委員会はこう結論を出した』と報じ、『将来の惨事を防ぐためにWHOは大幅な組織改革が必要だ』としています。
 この専門家委員会は、ハーバード大学国際保健研究所とロンドン大学衛生・熱帯医学大学院が招集した国際保健分野の専門家20人で構成し、衛生・熱帯医学大学院のピーター・ピオット学長が委員長を務めています。
 おお、ピーター! すいません。ついつい、なれなれしく呼びかけてしまいました。この春、日本語版が出版されたピオット博士の著書『ノー・タイム・トゥ・ルーズ ― エボラとエイズと国際政治 』の翻訳のお手伝いをしたもので、悪しからず。
 ということで、国際保健と感染症対策分野におけるピオット博士の存在感はますます大きくなっていますね。どさくさに紛れて、本のアピールもしておきましょう。慶應義塾大学出版会の特設サイトをご覧下さい。訳者が言うのもなんですが、国際保健だけでなく、国際政治やもうすぐ始まる持続可能な開発目標(SDGs)に関心がある方、そして、あまり関心ないけど・・・という方にもぜひ読んでいただきたい一冊です。
 http://www.keio-up.co.jp/kup/sp/notimetolose/ 

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 再び、ニュースに戻りましょう。BBCによると、ピオット博士は「感染症の流行に対応する各国および世界のシステムの大幅な改革を進めることは、二度とこのような大きな苦しみを味わい、多数の死者を出し、社会、経済的な混乱を招くことのないようにするために可能だし、不可欠でもあります」と語っています。
 報告書はそのための10項目の勧告をまとめています。貧困国が感染症の流行を監視し、対応するのを助けるための世界戦略、発生報告や情報共有が遅れた国々の公表、流行発生に対応するWHO専門センターの創設、感染症の治療薬・ワクチン研究開発のための世界基金の設立などが、その中で求められているということです。
 初期のエボラの流行に対応した後、ピオット博士はHIV/エイズ分野で活躍し、国連合同エイズ計画(UNAIDS)の初代事務局長も務めました。そうした経験も踏まえ「エイズの流行は国際保健を世界的な課題にしました。西アフリカのエボラ危機も同じように、世界が感染症の流行を防ぎ、流行に対応するためのゲーム・チェンジャーにしていくべきです」とも語っています。
 蛇足ながら付け加えれば、ゲーム・チェンジャーとしてのHIV/エイズ対策もまだまだ完結したわけではありません。このあたりの認識は『ノー・タイム・トゥ・ルーズ ― エボラとエイズと国際政治 』訳出の仮定で、翻訳チームの樽井正義さん、大村朋子さん、そして私の3人とピオット博士との間でも繰り返し、しっかりと確認しています。ピーターの次の著書『AIDS BETWEEN SCIENCE AND POLITICS(エイズの科学と政治)』も着々と翻訳作業進行中ですので、運がよければいつか、日本語版刊行の日を迎えられるのではないかと思います。

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 ところで、西アフリカのエボラの流行はほぼ制圧状態ですが、なかなか終息宣言を出すには至りません。

 エボラは感染症としての性格上、最後の一件まで、症例がなくなる状態を確認することが大切です。また、それが可能だと考えられています。この点は現行の最大目標が「公衆衛生の脅威としての流行の終結」を目指すことにあるHIV/エイズの流行とは対応の仕方が異なります。
 エボラの場合、流行国では、最後に報告された患者の感染の状態が終わったことが確認されてから42日間が経過すると終息宣言が出されます。42日間というのはエボラウイルスが人に感染した場合の感染期間が通常21日以内とされているところから、その倍の日数を観察期間としてみているということです(素人の理解なので、もし間違っていたら専門家の方のご指摘を仰ぎたいと思います。よろしく)。
 今回の西アフリカの流行では、流行国のリベリア、ギニア、シエラレオネのうち、リベリアでは今年5月9日に終息宣言が出されましたが、夏に入って再び患者発生が報告されました。このためさらに経過を観察して9月3日に2度目の終息宣言が出されています。
 また、シェラレオネでは11月7日に終息宣言が出されました。
 一方、ギニアでは、11月17日に最後の患者の回復が明らかになり、42日間の観察期間に入っています。
 ということで、このままいけば年内に流行国3カ国すべてで終息が確認される(つまり西アフリカ全体のエボラの流行が終わる)のではないかとの期待も持たれていたのですが、なんと11月20日になって、リベリアで3人のエボラウイルス感染者が確認されたことがWHOから発表されました。
 したがって、エボラの流行が年内に終息することはもうなく、終息宣言は早くても年明けになります。
 リベリアは2度までも終息を宣言しながら、再び試練に直面することになりました。感染症はひとたび流行が広がると、いかに対応が困難になるか。西アフリカのエボラの流行は改めてそれを示す事例でもあります。
 発生の予防、あるいは小さな流行が発生したときの早期確認、早期対応。これはエボラのように比較的、新しくはあるけれど既知の感染症だけでなく、人類がいつ遭遇するか分からない未知の新興感染症に備えるうえでも大切です。
 エボラとHIV/エイズでは、流行のかたちはかなり異なりますが、感染症の拡大を防ぐという観点からは共通のインフラや行動様式、考え方もあります。未知の感染症の場合には未知だけに、予防と言われても、何をどう予防すればいいのかということになってしまいますが、それでも、これまでの経験を生かし、感染症の流行に対応できる社会的なインフラの整備や行動様式、考え方といったものは身につけたり、充実させたりすることができます。

 しかも、それはもうすでにある感染症に対応するという極めて具体的で、費用対効果も実利も期待できる作業を通して備えていくことができるのです。少々、我田引水気味ではありますが、エボラから始まったともいえる20世紀後半以降の新興感染症の時代において、唯一パンデミックのレベルに拡大してしまったHIV/エイズの流行にいま、緊張感を失わずに対応していくことには、そうした観点からの重要性も極めて高い。

 とりわけ、病気に対しては具体的にその病を抱える人がいること、そうした人への想像力を失うことなく、人権尊重を基礎に対策を組み立てていくことが、結局は最も効果の高い対策につながること、これはエイズ対策でも、エボラ対策でも共通して経験した苦く、そして貴重な共有体験でもありました。そのことも改めてこういう機会に強調しておきたいと思います。