『2020年までにHIV新規感染を年間50万件以下に』 エイズと社会ウェブ版198

 国連合同エイズ計画(UNAIDS)が公式サイトの参考文献欄にコンビネーション予防の加速を呼びかける報告書を掲載しました。最初のキーポイント一覧と序文の日本語仮訳はHATプロジェクトのブログで読むことができます。

http://asajp.at.webry.info/201510/article_6.html

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 報告書全文はお手数ですが、UNAIDS公式サイトから英文のPDF版をダウンロードしてください(全文の日本語訳に挑戦する余裕はありませんでした、悪しからず)。

 http://www.unaids.org/en/resources/documents/2015/20151019_JC2766_Fast_tracking_combination_prevention

 

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 以下はキーポイントと序文の日本語仮訳を読んだ段階での感想です。

 

 2030年までにHIV流行を公衆衛生上の脅威にはならない状態にすることは、2016年から始まる国連の持続可能な開発目標(SDGs)にも盛り込まれた国際社会の大目標です。ふだんはエビデンスをやたらと強調する研究者ですら「公衆衛生上の脅威としての」という部分を明示しないまま「エイズ流行の終結」などと少々、はったりをかまして語ることがありますが、その「終結」の意とするところは、具体的には2030年の新規HIV感染数を世界全体で20万人以下に減らすことです。2014年の世界の年間新規感染数は推定200万人だったので、90%以上減らす必要があります。

 

 つまり、HIVの新規感染がゼロになるわけではありませんが、それでも現状を考えると実現は極めて厳しいと言わざるを得ません。

 

 しつこいようですが、もう一度、確認のために繰り返しておくと、「公衆衛生上の脅威としてのHIV流行の終結」という持って回った言い方で表現されているのは、HIVの新規感染者を何とか年間20万人以下にまで減らしたいという目標です。

 

 この大目標の実現のためには、まず今後5年間で(つまり2020年時点で)、世界の年間のHIV新規感染を50万件以下に減らす必要がある。つまり、開幕ダッシュです。5年後には現状から75%は減らそう。そのためにいま必要なのはコンビネーション予防の一層の強化である。現行の予防対策のペースでやっていたのでは到底、実現できないので、『これまでの約束をさらに更新し、資金を確保し続け、HIV予防対策の規模を拡大していけるよう対応を加速する必要がある』と報告書は冒頭のキーポイントで強調しています。

 

 また、『HIV流行は感染率の高い集団、地域に集中する傾向があるので、そこに予防対策を集中させなければならない』『どんな方法であれ、単一の手段でこの流行を止めることはできない』『高い予防効果が証明されている手段を組み合わせたコンビネーション・パッケージが必要だ』といった指摘もあります。

 

 もちろん、『公衆衛生上の脅威としての』という前提条件付きにせよ、国際社会が「エイズ流行の終結」に色めき立つようになったのは、抗レトロウイルス治療の進歩と普及により、「予防としての治療」という考え方、およびその実績への期待が大きく高まっているからです。治療がもたらすHIV感染の予防面での効果、これを否定することはできないし、否定する必要もありません。報告書の序文(どうしていま、コンビネーションHIV予防を加速させるのか?)には次のように書かれています。

 

HIVに関する私たちの考え方は過去10年で大きく変わった。HIV感染の影響が最も大きい国々で、治療が受けられるようになり、エイズ関連の死者は減少してきた。HIVの新規感染数も多くの国で減っている。感染率がこれほど下がった理由はたくさんあるとはいえ、HIVに感染した人の体内のウイルス量が減り、その結果として他の人への感染リスクも減少するというかたちで、ARTが貢献していることは確かである』

 

 ただし、治療があるから他の予防対策はもういいや。楽勝、楽勝、というわけにはもちろんいきません。先ほどのキーポイントの中では、コンビネーション予防の手段として『コンドーム配布、抗レトロウイルス治療(ART)の即時開始、曝露前予防投薬(PrEP)などが含まれる。特定の集団や地区では薬物使用者へのハームリダクション(注射針・注射器、オピオイド代替治療プログラム)、東部・南部アフリカの男性に対する自発的な割礼手術(VMMC)などが追加的に必要になる』と書かれています。

 

 また、序文には『効果の高いHIV予防策を重点的に提供する必要がある。検査と治療の普及、ケアの継続、差別防止プログラム;人権の尊重・保護・促進に向け、揺るぎない姿勢を維持していかなければならない』『多くの国で若者のHIV陽性率が低下していることには、これまでのHIV予防プログラムの成功に負う部分もある。ケニア、タンザニアジンバブエその他の国の住民調査では、初体験の年齢は上昇し、パートナーの数は減少していることが報告されている』といった指摘もあります。

 

 つまり、治療の普及はもちろん大切ですが、万能ではありません。普及を妨げる障壁もたくさんあります。差別や偏見をなくし、社会の中で弱い立場の置かれている人たちの人権を守ることが引き続き、そしてこれまで以上に重要です。コンドーム使用の普及、ハームリダクション、若い人たちのセックス開始年齢を遅らせること、性行為の相手の数を減らすこと、それぞれに大切です。状況によってうまく機能しなかったり、妙に有効だったりということもあります。

 

 あれかこれかではなく、あれはだめこれもだめでもなく、あれもこれも、いろいろある選択肢をうまく組み合わせて最大の効果を引き出そう。ごく当然の指摘ですね。日本の場合はどうなるのか。これも日本全体をまるめて考えるのではなく、感染がいまどこで起きているのかを直視し、そして新たな選択肢としての治療も当然、視野に入れつつ、それぞれの局面で煩をいとわずに受け入れやすいパッケージを工夫していくことが、ますます必要になってきそうです。

 

 

 

 

 

UNAIDS 2015年 参考文献

http://www.unaids.org/en/resources/documents/2015/20151019_JC2766_Fast_tracking_combination_prevention

 

コンビネーション予防を加速

2020年までにHIV新規感染を年間50万件以下に減らすために

 

キーポイント

・2020年までにHIVの新規感染を世界全体で50万人以下に減らすことは、公衆衛生の脅威としてのHIV流行を2030年までに終らせる重要なステップであり、そのためにはこれまでの約束をさらに更新し、資金を確保し続け、HIV予防対策の規模を拡大していけるよう対応を加速する必要がある。

 

HIV流行は感染率の高い集団、地域に集中する傾向がある。そこに予防対策を集中させなければならない。キーポピュレーション(とりわけ女性・男性・トランスジェンダーセックスワーカーとその客、男性とセックスをする男性、注射薬物使用者)および主に東部、南部アフリカにおける若い女性と年長の性パートナーがそうした対象に含まれる。

 

・どんな方法であれ、単一の手段でこの流行を止めることはできない。2020年および2030年の野心的目標を実現するには、高いHIV予防効果が証明されている手段を組み合わせたコンビネーション・パッケージが必要だ。その手段にはコンドーム配布、抗レトロウイルス治療(ART)の即時開始、曝露前予防投薬(PrEP)などが含まれる。特定の集団や地区では薬物使用者へのハームリダクション(注射針・注射器、オピオイド代替治療プログラム)、東部・南部アフリカの男性に対する自発的な割礼手術(VMMC)などが追加的に必要になる。

 

・十分な成果をあげ得る規模のHIV予防対策を実施するには、特定の地区やキーポピュレーションに予防プログラムを集中的に提供する必要がある。

 

・サービス提供、見込み案件の創出、治療継続の支援など、すべての局面でHIV予防と治療を一体的にとらえることがこれまでになく必要になっている。

 

・継続的なイノベーションが不可欠である。技術の改善 ― コンドームの改良、男性割礼手術の新たな方法、長時間作用型抗レトロウイルス薬など ―、コミュニティにおけるサービス拡大含めたプログラム提供法の改善、見込み案件の創出と服薬継続支援、他の保健サービスとの統合促進とニューメディアの活用などがその中には含まれる。

 

・組織的に調整をうまくはかりながら進めなければ急速な前進は望めない。影響が最も大きな集団での新規感染を75%減らすには、コミュニティ、政策担当者、サービスの提供者、資金提供者らが協力して取り組まなければならない。

 

 

序文:どうしていま、コンビネーションHIV予防を加速させるのか?

 

 HIVに関する私たちの考え方は過去10年で大きく変わった。HIV感染の影響が最も大きい国々で、治療が受けられるようになり、エイズ関連の死者は減少してきた。HIVの新規感染数も多くの国で減っている(1)。感染率がこれほど下がった理由はたくさんあるとはいえ、HIVに感染した人の体内のウイルス量が減り、その結果として他の人への感染リスクも減少するというかたちで、ARTが貢献していることは確かである(2)。こうした成果はHIVの新規感染をなくせるのではないかという議論を呼び起こすことになった。つい最近まで、想像もできなかったことだ。

 

 2020年までにHIVの年間新規感染数を50万件以下に抑え、2030年には20万件以下に減らせるかもしれない。そうすれば、エイズの流行は公衆衛生上の脅威ではなくなる。2010年をベースラインとすると、これらの数字はHIVの新規感染が2020年に75%、2030年には90%も減少することになる(3)。このゴールの達成には、効果の高いHIV予防策を重点的に提供する必要がある。検査と治療の普及、ケアの継続、差別防止プログラム;人権の尊重・保護・促進に向け、揺るぎない姿勢を維持していかなければならないのだ。

 

 多くの国で若者のHIV陽性率が低下していることには、これまでのHIV予防プログラムの成果に負う部分もある。ケニア、タンザニアジンバブエその他の国の住民調査では、初体験の年齢は上昇し、パートナーの数は減少していることが報告されている(4)。感染の減少が認められる数カ国では、若者のコンドーム使用の増加も報告されている。

 

 エイズの流行が深刻な国の多くでHIV感染率の著しい低下が見られているが、どの国でも、というわけではない。東部、南部アフリカ諸国には、若い女性のHIV感染率が高いままの国がある。HIV感染率はキーポピュレーションでも高いままにとどまっている。とりわけ、男性とセックスをする男性は、条件の異なる世界のさまざまな場所で高い感染率が続いているし、いくつかの国や地方では他の脆弱性の高い集団でも感染率が高い。

 

 全体として、2020年のHIV新規感染を50万人以下に抑えるという目標を実現するには、現在のペースはあまりにも遅い(図1)。HIV予防の中核となるいくつかの要素を強化し、それぞれの地方の流行に合わせた規模拡大を急がなければならない。この報告書は目標達成の鍵を握るHIV予防対策の6つの要素:コミットメント、フォーカス、シナジーイノベーションカバレッジアカウンタビリティについて検討している。

 

 母子感染予防(PMTCT)については別の資料で詳細に検討がなされているので、本報告書は若者および成人のHIV感染予防に焦点を当てている(6)。

 

 

 

 

 

UNAIDS 2015 REFERENCE

 

FAST-TRACKING

COMBINATION PREVENTION

 

TOWARDS REDUCING NEW HIV INFECTIONS TO FEWER THAN 500 000 BY 2020

 

KEY POINTS

 

・To reduce new HIV infections globally to fewer than 500 000 by 2020, a step towards ending the HIV epidemic as a public health threat by 2030, we need to Fast-Track the response, including renewed commitment to, sustained funding for and scaled-up implementation of HIV prevention programmes.

 

・The HIV epidemic is mostly sustained by pockets of high rates of transmission. This is where HIV prevention efforts need to focus. These include key populations (in particular, female, male and transgender sex workers and their clients, men who have sex with men, and people who inject drugs) and, mostly in eastern and southern Africa, young women and their older male sexual partners.

・No single HIV prevention approach alone can stop the epidemic. Meeting ambitious 2020 and 2030 targets requires focused combination packages that offer a mix of proven high-impact HIV prevention interventions. These include condom provision, immediate initiation of antiretroviral therapy (ART) and pre-exposure prophylaxis (PrEP). Specific populations and locations require additional tools such as harm reduction (needle–syringe and opioid substitution therapy programmes) for people who inject drugs and voluntary medical male circumcision (VMMC) for men in eastern and southern Africa.

 

・Saturation of HIV prevention programming in specific locations and for specific key populations is needed so that HIV prevention is delivered at adequate scale where and for whom it will make the most difference.

 

・More than ever, HIV prevention and treatment need to be delivered together in all dimensions of programming, including service delivery, demand generation and support for treatment adherence.

 

・Continued innovation is essential. This includes better technology—improved condoms, new male circumcision devices, long-acting antiretroviral medicines (ARVs)—and better programme delivery, including expanded community-based services, demand generation and adherence support, better integration with other health services and use of new media.

 

・Systematic and well-managed coordination is critical to rapid progress. Communities, policy-makers, providers and funders must work together to achieve 75% reductions in new infections among most-affected populations.

 

 

 

INTRODUCTION: WHY FAST-TRACK

COMBINATION HIV PREVENTION NOW ?

 

The last decade has transformed our thinking about HIV. AIDS-related deaths have been decreasing, thanks largely to accessible and affordable treatment in the most heavily HIV-affected countries. The number of new HIV infections also has decreased in many countries (1). While the causes of this decrease in incidence are many, ART has certainly started to contribute, by decreasing viral load and, thus, transmission risk (2). This progress has stimulated discussion of the possibility of stopping new HIV infections, something unimaginable not long ago.

 

We may be able to reduce the number of new HIV infections to under 500 000 in 2020 and under 200 000 in 2030, thus effectively ending the AIDS epidemic as a public health threat. Compared with a 2010 baseline, these numbers would constitute a 75% reduction in new HIV infections by 2020 and a 90% reduction by 2030 (3). Achieving these goals will require focused, high-impact HIV prevention; accelerated testing, treatment and retention in care; anti-discrimination programmes; and an unwavering commitment to respect, protect and promote human rights.

 

The declines in HIV prevalence among young people in many countries reflect in part the success of HIV prevention programmes. Population-based surveys report increasing age at first sex and decreasing numbers of partners in Kenya, the United Republic of Tanzania, Zimbabwe and other countries (4). Several countries that have seen this decline in infections also report increased condom use among youth.

 

Significant declines in HIV incidence have been seen in many high burden countries, but they are not universal. Some countries in eastern and southern Africa continue to experience high incidence among young women. HIV incidence also remains high among key populations, particularly men who have sex with men, in many settings globally and among other vulnerable groups in specific countries and local contexts (5).

 

Overall, the current pace of progress is too slow to reach the target of 500 000 by 2020 (Figure 1). Several core HIV prevention elements will need to be strengthened, tailored to local epidemics and scaled up faster to reduce incidence to 500 000 or fewer by 2020. This paper discusses six elements of HIV prevention efforts that are crucial to achieve the target: commitment, focus, synergies, innovation, coverage and accountability.

 

This paper will focus on prevention of HIV infections among youth and adults, as prevention of mother-to-child transmission (PMTCT) has already been addressed in detail in separate global documents (6).