♪涙が こっぼれ ないよぅぉぅぉぅに~ 速報値をどう見るか

 ささやかなエイズ対策をずっと支援してくれる旧友から、エイズ動向委員会が発表した2014年新規HIV感染者・エイズ患者報告(速報値)の「エイズ患者報告445件」について、この数字は多いのでしょうかという問い合せをいただいた。

 う~ん、困った。ちょっとトリッキーな言い方だけど、個人的には少なくとも少なくはないと思う。ただし、国際的な観点から見れば、人口が1億人を超える国で、年間のエイズ患者報告が500件にも満たないということは希有と表現できるほど少ないのではないかとも思う(書き方があいまいなのは日本の新規エイズ報告に見合う諸外国のデータがなかなか見つけられないからです。悪しからず)・・・ということで、心は千々に乱れちゃうわけですね。

 乱れちまった悲しみを、じゃなかった気持ちを少し整理して説明します。

 動向委員会の新規エイズ患者報告は、エイズを発症するまで検査で自分がHIVに感染していること確認していなかった人が対象になります。つまり、エイズを発症したことで初めて、病院で治療を受け、その際にHIV検査を行ったら陽性でしたというケースなのではないでしょうか。

 そうではなくて、エイズを発症する以前に検査を受けて自らのHIV感染を確認することができた(あるいは確認したくなかったんだけど分かっちゃったという人も含まれるかもしれませんが、とにかくエイズ発症以前に検査でHIV感染が分かった)人は、新規HIV感染者ということになります。厚労省エイズ対策は現在、新規HIV感染者・エイズ患者報告の合計に占めるエイズ患者報告の割合を下げることが目標の一つになっています。

 たとえば、2014年速報値では合計報告数が1520件でエイズ患者報告数が445件なので、割り算をするとう~ん・・・29.3%ぐらいですか。

 前年の2013年確定値は合計が1590件、エイズ患者報告が484件だったので、こちらも計算すると、う~ん・・・30.4%ぐらいですね。

 どうしてこの数字が重要かというと、HIVに感染している人がエイズを発症するまで治療を受けないでいると、予後が非常に悪くなる。逆に感染後早期に治療を開始すれば、体内のHIV量を減らし、エイズの発症の時期を大きく遅らせて、感染していない人とほぼ同じくらいの平均寿命で生活していけることが期待できる。そうした展望が開けることが、最近の研究成果として指摘されるようになっているからです。

 また、HIVに感染しても早期にその感染を知り、治療を開始すると、体内のHIV量が大きく減少するので、性感染などで他の人にHIVが感染するリスクも極めて低くなる。このことも最近の研究成果として示され、エイズ対策に取り組む人たちの間ではほぼ共通認識となってきたようです。

 つまり、できるだけ早い時期にHIVの感染を知り、適切な時期に適切な治療を開始し、なおかつ、その治療を継続していくことができれば、感染している人自身の健康や人生にも、そして流行の拡大を抑える予防対策の面でも、大きな利益をもたらすと考えられるようになってきました。世界のHIV/エイズ対策はまだまだ課題を抱えまくっていますが、とにかくここまではこぎつけた。これは大変なことですね。四半世紀前に取材を開始したころに比べると、涙がこぼれないように上を向いて歩いていたら歩道の段差に躓いて転んじゃったけれど、それでも痛くないぞと強がって泣き笑いしたくなるほどの進歩です。

 昨日のエイズ動向委員会の記者会見では、岩本愛吉委員長が2014年速報値に関するコメントの《まとめ》の最後で次のように呼びかけています。

 《新規HIV感染者・AIDS患者報告数に占めるAIDS患者報告数の割合は、約3割のまま推移している。早期発見は個人においては早期治療、社会においては感染の拡大防止に結びつく。自治体におかれては、エイズ予防指針を踏まえ、引き続き利便性に配慮した検査相談体制を推進していただきたい》

 速報値の445人は前年より少し好転しているけれども、はっきりとエイズ患者報告数の割合が低下したということはできない。つまり、多いとは言えないけれど、少ないとも言えない。全国各自治体の皆さんも、NGO/NPOの皆さんも、医師・研究者の皆さんも、それぞれの立場から大いに健闘しているからこそ、何とかこの現状を保つことができている。大いに評価すべきことではあるのだけれども、対策が劇的にHIV/エイズの流行の進路を変えましたと胸を張って言えるような状態では残念ながらありません。

 やるせないなあ。社会的無関心は大いに嘆きたいけれど、嘆かないようにするにはどうしたらいいのか。エイズ対策予算は毎年毎年、がしがし削られちゃって、どうしたらいいのよ、もう・・・という怨嗟の声は、無関心のおかげで巷にこそ満ちていないものの、研究者やエイズ対策のささやかな現場には充ち満ちています。愚痴の一つや二つ、百や二百は述べ立てたいところだけれど、それでも、ま、諸君、無い袖は振れないのよと言われて、さらに千の愚痴を考えるほど私も暇じゃあないのよ。じゃあ、どうすればいいのか。それを考えるのが・・・。

 えっ、俺なの?(自覚がないねえ)