国連の潘基文事務総長の世界エイズデー2014に寄せるメッセージが国連広報センターの公式サイトに日本語訳で紹介されています。英文ではなく、日本語で読めるのは嬉しいですね。非常に助かります。
http://www.unic.or.jp/news_press/messages_speeches/sg/11060/
《私たちが西アフリカでエボラ出血熱に立ち向かう中でも、エイズ対策の成果はすでに如実に表れています。私たちは、医療制度だけでしっかりとした保健医療は提供できないことを知っています。社会的正義、科学の民主化、資金調達、人権およびジェンダー平等に対する共有の責任、そして人間中心型の保健アプローチといった、私たちがエイズ対策で学んだ教訓はすべて、ポスト2015年開発アジェンダに関する私たちの議論を含め、あらゆる分野に応用されているのです》
事務総長、いいことをおっしゃっていますね。涙が出そうです。感謝感激雨あられ・・・と言いたいところなのですが、ひとつだけ引っかかることがあります。2カ所にわたって「エイズ撲滅」がメインメッセージとして掲げられていることです。
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2行目「世界のリーダーたちは今年、2030年までにエイズを撲滅することを約束しました」
最後の1行「2030年までに、ともにエイズを撲滅しようではありませんか」
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あり? そうなの・・・。念のために英文にもあたってみましょう。
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This year, world leaders made a commitment to end AIDS by 2030.
Let us end AIDS together by 2030.
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どうなんでしょうか。両方とも、end AIDS。「エイズ終結」をどうして「エイズ撲滅」と訳すのか。前々から何度も指摘し、その都度、「変なおじさん」「了見の狭い奴」みたいな扱いを受け、嫌な思いをしてきたので、もう見過ごしちゃおうかなという気分になることもあるのですが、でも、やっぱり変だ。
そもそも、国連が定義する2030年の end AIDS とはどういうことでしょうか。11月18日に国連合同エイズ計画(UNAIDS)が報告書「 Fast-Track: ending the AIDS epidemic by 2030」を発表したときに出されたプレスレリースの見出しはこうなっています。
http://www.unaids.org/en/resources/presscentre/pressreleaseandstatementarchive/2014/november/20141118_PR_WAD2014report
UNAIDS reports that reaching Fast-Track Targets will avert nearly 28 million new HIV infections and end the AIDS epidemic as a global health threat by 2030
つまり、目標は「国際保健の脅威としてのエイズの流行」を終結に導くことです。
では、エイズの流行が「国際保健の脅威ではなくなる」というのはどういうことでしょうか。報告書には2020年までの目標として90-90-90、そして2030年には95-95-95が掲げられています。この点はコミュニティアクションの公式サイトのFeatures欄(11月20日付)で表を付けて短く説明してありますのでご覧ください。
http://www.ca-aids.jp/features/122_unaids.html
この忙しいのに、いちいちそんなの見ていられませんという方のためにここで超短縮説明を行うと、2030年に世界の指導者たちが目指しているのは、年間の新規HIV感染者数が世界全体で20万人程度(現在のほぼ10分の1)に抑えられている状態です。
新たにHIVに感染する人がまったくいなくなるわけではありません。地球上からHIV陽性者が1人もいなくなる状態を目指しているわけでもありません。一方で、HIV感染にまつわる差別については2020年も2030年もゼロが掲げられています。社会はエイズの病原ウイルスであるHIVに感染した人を排除したり、抹殺したりするようなことを目指しているわけではまったくありません。
現在の医学では、HIVに感染している人は生涯にわたってそのウイルスを抱えて生きていくことが現実的かつ具体的な選択肢であり、基礎、臨床医学の分野ではそのための治療提供や研究に最も力が入れられています。90-90-90も95-95-95もそれが前提です。それなのに社会的なメッセージとして「エイズ撲滅」などという空疎であり、有害でもあるスローガンが高々と掲げられていいものなのだろうか。
end AIDS を日本語に訳すとどうして紋切り型のように「エイズ撲滅」になってしまうのか。何がうれしくて専門家と称する人たちは繰り返しそうした表現を好んで使い、マスメデアもそれに安心して飛びついちゃうのか。未だに人間がまるくなれない老記者にはまったく理解できません。