4301 風の音色続き

 

風の音色(4)

 ■人それぞれに合った療法を
 --音楽療法には薬の副作用のような心配はないのですか。
 岸本 使い方によるでしょう。たとえば発症後間もない統合失調症の方にイメージ誘導法を行うことで、憎悪することも起こり得ます。音楽は無害だとはいえません。使い方には気をつけなければいけない場合もあると思いますが、適切な使い方をすると劇的な効果を示すこともあります。

 --高齢者医療に有効だともよく聞きます。
 岸本 音楽と記憶が密接に結びついていることは皆さん、実感されていると思います。音楽を聴く、あるいは音のイメージを思いだすだけで、昔のことがぱっと蘇(よみがえ)る。高齢者のための音楽療法では、自分が生き生きとしていたころを思いだし活性化する、一緒に歌ったり、演奏したりすることで元気が出る、コミュニケーションがうまく取れるといった効果の出し方があります。音楽を聴いて安らぐという受け身の効果だけではなく、むしろいま世界で行われているのは、能動的なというか、自ら参加をするかたちのものです。

 --日本の場合は?
 岸本 童謡や唱歌を皆さんで一緒にやるといったことがパターン化されていますが、割と安易な音楽療法ではないかと思います。それが悪いわけではないにしても、このままでいいのかという問題は残ります。音楽療法の時間になると具合が悪くなったり、出てこなくなったりする患者さんもいることを考えると、やはり、人それぞれに合った音楽療法を考える時代なのではないかと思います。

 --音楽療法の質が問われている?
 岸本 そうですね。保険点数がつくとか、つかないといったこととは別に、本質をもうちょっと深めていく必要がある。そのとき流れている音楽はどんな音楽なのか。カラオケで流すとか、キーボードでただメロディーを流すといった割と安易な使われ方をしていることも多いのではないかという危惧(きぐ)があります。音楽療法というなら音・音楽の質まで考えて提供しないとプロではない。

 --音楽療法とレクリエーションの音楽の違いは?
 岸本 療法という限りは目標を立て、評価基準を作り、その方法論に沿って行う必要があります。もちろん、その場にあわせ臨機応変に進めるのですが、結果がどうだったかを反省し、記録して次に生かす。その積み重ねによって質が高くなります。レクリエーションはその場が楽しいことが一番の目的ですが、療法はそれだけではない。現場で見ていると、音楽療法もレクリエーションもそう変わらないように思われるかもしれませんが、やはり違いがあります。

 --継続してみていく必要がありますね。
 岸本 そんなことで音楽療法の勉強もここ十年ほど続けてきました。私は音楽療法士ではないし、音楽療法の現場にずっといたわけでもありませんが、音楽と医療の両方にこだわりがあるので、音楽の質を問うということと、音楽療法を医療としてとらえ、できればエビデンス(証拠)を求めるという観点から、お役に立つことがあるのではないかと考えています。

 --倉敷市で開かれた昨年の日本音楽療法学会の大会では大会長でしたね。
 岸本 前任の川崎医大が倉敷にあり、日本音楽療法学会の中国地方支部長をしていたのでお引き受けしました。テーマは「音楽療法における音、音楽の作用と役割」で、実はかねがね「重要だが、いまはないがしろにされていないだろうか」と思っていたことです。参加者の間では今後も深めていくべきテーマだという意見が多かった。これまでは、社会に受け入れられるためのとか、国家資格を目指してといったテーマが多かったのですが、そうではなく「音楽療法が音・音楽を語らずにどうする。原点に戻れ」という考え方が受け入れられ、良かったのかなあと思います。


風の音色(5)

 ■感染症減少へ官民連携し対策を
 --ご専門の研究についてうかがいましょう。
 岸本 ライフワークはクラミジアの研究です。患者さんに接することが好きでしたので、五年ほど前までは大学病院で臨床をやりながら、研究も、教育もと何足ものわらじを履いていましたが、四十代半ばに「自分がいま一番、集中してやるべきことは何だろう」と考え、国立感染症研究所の室長の公募があることを知って応募しました。

 --感染症から国民の健康を守る立場ですね。
 岸本 私にとっては転機というか、思い切った選択でした。新たな勉強も必要でしたが、スタッフのサポートもあって何とか五年間やってきました。国の機関として研究、業務にあたることは個人の研究とは責任の重さが違う。その点は常に自覚しています。

 --性行為で感染する性器クラミジアの流行が日本でも深刻ですね。
 岸本 私の専門は内科で肺炎クラミジアが研究対象なのですが、内科でも咽頭(いんとう)炎など性器クラミジアの病気はかかわってきます。実際に外来では泌尿器科や婦人科でなくても、性器クラミジア感染症の患者さんはやってくるので診てきました。性感染症としてのクラミジアは国民病といわれるくらい蔓延(まんえん)しています。これを何とか予防する、あるいは早期に診断して治療することが、緊急の命題としてあります。

 --生命にかかわる病気ではないので軽視されがちな面もありますね。
 岸本 それでここまで見過ごされてきたともいえます。クラミジアに感染して性器の粘膜のバリアが壊されると、エイズの原因ウイルスであるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)にも通常より五、六倍、感染しやすくなるといわれ、かねてから警鐘が鳴らされているのですが、実感をもって受け止められていません。また、若年層にクラミジアが広がるということは、最終的に不妊を引き起こし、少子化にさらにつながることにもなります。

 --感染はどのくらい広がっているのですか。
 岸本 性行為の初体験の年齢が下がってきており、性体験のある十代の女子の場合、クラミジアの保有率は二割を超えているのではないかといわれています。性感染ですから、男性のクラミジアの保有率も当然、高いということになる。少なくとも健康な青年層で男女とも5、6%以上がクラミジアを保有していると考えられています。

 --自覚症状がないので、感染に気がつかない人も多いのでしょうか。
 岸本 そうですね。その中で、どうすれば感染の拡大を防ぎ、減少に転じられるのか。これは私たちのところだけで対応しようとしても難しい。若い人を非難してすむ問題でもありません。医療の専門家や学校、家庭を含め、大人がきちんと考えなければいけない。行政も個々にやるのでなく連動して対策に取り組む必要があります。そうしなければどうしようもないところまで来ています。

 --感染は頭打ちになっているのではないかという話も聞きますが。
 岸本 全国集計ではわずかですが、そうしたデータも報告されています。ただし、抑えられたというような状態では到底、ありません。本当に減少に転ずるきっかけなのかどうか、もしそうなら何が功を奏したのかといったこともまったく分かっていない。HIVがそこに入ってきたら爆発的に広がることは容易に想像できますし、いまは待ったなしの状況です。

 --エイズをはじめ感染症対策には社会の理解が大切です。音楽はその面でも大きな力になりますね。
 岸本 私の場合、それなりにやめずに続けてきたことで新しい広がりもできたし、音楽があるからこそ本業でも頑張れたという面があります。あくまで趣味なのですが、社会的にお役に立てる機会があるなら、これからもできるだけ協力したいと思っています。