4276 2013年確定値をどう見るか エイズと社会ウェブ版135

 

 FACE BOOKで昨日の動向委員会報告について紹介したところ、私が秘かに尊敬する高名なジャーナリストから、MSMの間での感染以外への対応は必要ないのかという趣旨の問合せをいただきました。答えようによってはちょっとトリッキーな話にもなりかねないので、あれこれと書いていたら少々長くなってしまいました。当ブログに掲載して、こちらを見ていただくようにしたいと思います。

 

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 このあたりのことは、報告ベースのデータからの推測、および私の個人的な感想も入りますが、もう少し検討したいと思っています。すでに報告されているように、感染経路別の報告では同性間の性感染が多数を占めており、緩やかながら拡大傾向は依然、続いているように見えます。したがって、いま流行が拡大する可能性があるところに対策の焦点をあてていくのは同然の政策的判断だと思います。

 一方でそれでは他の感染経路については考慮しないでいいのかというとそういうことではありません。いまは少数の報告でとどまっているが、感染の拡大が今後、可能性として十分に予想される感染要因についてはきちんと対応して、拡大に至らない状況を継続的に維持していく必要があります。

 

 昨日の動向委員会報告では、資料として最近3年間の報告の推移も示されていました。新規HIV感染者、エイズ患者報告の合計数で見ると次のようになります。

 

 2011 152995

    2012 144977

    2013 159064

 

 カッコ内は女性の数です。全体の数%ですから女性の感染報告は男性に比べ非常に少ない。しかも年々、減少の傾向にある。そのように見えます。ただし、この数字はあくまで報告の数字であり、しかも、毎年新たにHIVに感染していることが分かった人の数です。つまり、直近の3年間だけでも合計すると新たにHIV感染が判明した女性の数は200人を大きく超えています。

 

 しかも、最近はHIV感染に対する社会的関心が低下し、それ以上に行政の対策予算も減少し、エイズ対策に取り組むNPOへの企業からの寄付も減っています。女性の感染報告が減少していることは、実際の感染の減少を反映したものであるよりはむしろ、関心の低下による見かけの姿なのかもしれません。そうだとすると・・・という仮定の話ですが、そうだとすると、見かけの報告の減少はむしろ感染の緩やかな拡大傾向の継続を遠巻きに示唆しているのではないか。

 

 あくまで私の個人レベルの感想なので、詳しくは専門家の分析に待ちたいと思いますが、以上のようなことを考えると、現在の流行の緩やかな拡大(ないしは高止まりの横ばい)という傾向の中で、報告ベースで感染の多くを占めている男性同性間の感染への対応はもちろん、極めて重要です。ただし、それだけでは十分ではなく、もっとはるかに少数ではあるけれども感染報告が続いている他の感染経路についても、これまでの各国の経験や国内における経験の蓄積を生かし、今後の流行の拡大が極力、抑えられるよう対応していく必要が同時にあるのではないかと思います。

 

 わが国のHIV感染の流行は国際的にみると、これまで非常に低いレベルで抑えられてきており、対策の希有な成功例と指摘されることもあります。ただし、これはそもそもが医療基盤などの面で様々な有利な条件があったからであるし、政策的な失敗をカバーしてあまりある現場レベルでの(たとえば大都市圏のMSMを中心にしたコミュニティや研究者の)自主的な対応の結果という要素も小さくなかったように思います。


 残念ながら、そうしたがんばりにも最近はかなり疲弊が見られ、継続困難なところに追い込まれようとしているかもしれないので、いわゆるLow Risk(低流行期)の状態を今後も引き続き維持できるという保証はありません。

 

 やるべきことは相当程度まで分かっているのに、予算の制約からそれができない。こんなことでは・・・と歯ぎしりするような思いでいるエイズ対策の現場の人たちの声を耳にする機会も、最近はしばしば過ぎるほどしばしばあります。

 

 そのぎりぎりの思いが、《AIDS IS NOT OVER...エイズはまだ終わっていない》というこの春のLiving Together計画のメッセージにつながっていた。そんな印象も確定値の発表を聞きながら受けました。MSMの間での感染の拡大に対応することは極めて重要だし、同時に女性の感染も含め、当面の報告ベースでは感染の拡大傾向が顕著に見られないけれども確実に対応を続けていく必要がある領域の存在に目配りしていくことも大切です。

 

 4月の東京プライドパレードでは、UNAIDS/ランセット委員会の委員である安倍昭恵さんとJaNP+の長谷川博史さんが並んで「AIDS IS NOT OVER」のフロートに乗り込み、「ぼくらはもう一緒に生きている」というごくごく平明かつ当然で、しかも極めて重要なメッセージを沿道に届け、しかも沿道からはこれまた極めて好意的に手を振り返す姿があちらこちらで見られました。フロートの後ろで遠慮がちにとぼとぼと歩いていた純情なおじさんなどは(誰とは名指ししませんが)、感動の余り汗と涙で顔がぐしゃぐしゃになり、あわてティッシュでハナをかんだほどです。ズズ~。こうした小さな積み重ねがたぶん(ハナをかんだことではありませんよ、念のため)、少しずつ対策を前に進めるのだろうなと思いつつ、それにしても現状は見かけ以上に厳しいかもしれない。2013年確定値はそんなことを感じさせる数値でもあったように思います。