4265 【湘南の風 古都の波】花も嵐も鐘の音も

 

 実は取材中、首筋をハチに刺されました。ミツバチも人を見るというか、よっぽど怪しい奴と見られたようです。自らの命と引き替えに外敵を倒し(あ痛っ、倒れなかったけど)、巣を守ろうとした働き蜂にとって、またくる春は何だったのだろうと、ついつい無常の思いにとらわれたり・・・。先週土曜日のSANKEI EXPRESSに掲載された【湘南の風 古都の波】です。

 渡辺照明記者の写真はこちらで。
http://www.sankeibiz.jp/express/news/140422/exg1404221550004-n1.htm


【湘南の風 古都の波】花も嵐も鐘の音も

  長い冬から一気に解き放たれ、4月の鎌倉は花にあふれている。はらはらと散り始めた桜はもちろん、お寺の境内のカイドウも、線路脇の小さな草花も、まさしくわが世の春の彩りだ。

 4月6日の日曜には北鎌倉の建長寺で大花(だいか)展が始まり、お釈迦様の誕生日を祝う降誕会花祭り)の8日まで国宝の梵鐘(ぼんしょう)がある鐘楼や三門、仏殿、法堂などが見事な花で飾られた。出展者は流派、経歴、国籍を問わないということで、フラワーデザイナーの赤井勝さんの指導を受けた各国大使夫人の作品も見られた。

 有名な漢詩に「花に嵐のたとえもあるさ」と名訳をつけたのは作家の井伏鱒二だっただろうか。

 6日の午後もその「たとえ」の通り、お天気はめまぐるしく変わった。午前中の暖かい日差しが一転、にわかにかき曇ったかと思う間もなく、激しい雨がたたきつける。あわてて三門の下に駆け込み雨宿りをしていると、傍らの鐘楼で草月流の上原瑞光さんが活け込みを続けていた。

 「このお花は何ですか」と声をかける。キブシ、レンギョウ、オンシチウム、ショウブ…。丁寧にひとつひとつ教えていただいた。お忙しいところをすみません。できれば夕暮れの鐘の音も聴いてみたいなどと思いながら、それはまた、次の季節の楽しみに残して境内を後にした。井伏鱒二先生の名訳を受けて、寺山修司先生はこうもおっしゃっていたではないか。

 《さよならだけが人生ならば、また来る春はなんだろう》

 本当になんだろう。花との出会いを前にちょっと詩人の気分だ。


 ≪春爛漫の百花蜜≫

 鎌倉旧市街の大町地区は谷戸に沿って緑豊かな住宅街が広がる。4月は山陵部のヤマザクラが見事だし、車が走り抜ける道路の脇の小さな水路にも周辺の山肌からしみ出す水が集まり、まるで清流のほとりにいるかのような印象だ。6月の夕暮れになると、水路の上をホタルがスーッと光っては消えていく。

 3月の下旬、その静かな住宅街を歩いていると、民家の屏に「かまくらはちみつ」の小さな看板。どう見ても個人のお宅の庭先なのに「松浦養蜂園」と名前も入っている。「何だろう」と思って、飛び込みでご主人の松浦一(はじめ)さん(74)にお話をうかがった。こんな町中で養蜂園を?

 「退職後のことも考え、4年ほど前から本やインターネットで勉強しました。素人ですよ」

 2年前に建築設計事務所の役員を退き、庭先で本格的に養蜂を始めた。ミツバチは法律上、家畜扱いなので神奈川県の畜産課や地元の保健所にも届けを出している。「素人」とはいえ、本格的だ。日を改め、4月に入ってもう一度、撮影のためにうかがった。

 「何年か前に、銀座のビルの屋上でミツバチを飼っている銀座ハチミツのニュースがあったでしょ。あれが興味を持つきっかけ」

 庭先には5つの巣箱。ひと箱で2万~4万匹のミツバチを飼う。昨年(2013年)は100リットルのハチミツが取れた。2リットルの大型ペットボトルで50本分の計算だ。自宅で使うだけでなく、近所の人におすそ分けしたり、お歳暮やお中元に「僕が作ったんですよ」と贈ったりもする。

 ミツバチは農作物の受粉にも大きな役割を果たしているそうで、県畜産課から葉山町の養蜂家を紹介してもらった。いまもいろいろとアドバイスを受ける。

 「やってみなければ分からないこともたくさんあります。素人にとって一番、大変なのは冬を越すこと。今年は初めて巣箱がひとつ越冬できました」

 ミツバチは冬眠せず、冬の間も巣箱の中で羽の筋肉をぶんぶんと動かして熱を出す。何万という蜂の微細なエネルギーが集積され、巣箱内の温度は35度前後に保たれるという。

 春になって再びハチが動き始めた。プロは巣箱をトラックに積み、花を求めて全国を移動する。アカシアのハチミツ、ミカンのハチミツ…。花によって味も香りも異なる。

 松浦養蜂園の働きバチは巣箱から飛び立ち、周囲の山やお寺の境内、民家の庭先などでミツを集める。行動半径は3、4キロ。花の種類はさまざまなので「百花蜜」。今年最初の収穫は5月下旬になるという。