悪魔払いの惜敗を超えて

 標高1400メートルのブルームフォンテーンは、1995年ラグビーW杯で日本代表がニュージーランド代表と対戦し、145対17という歴史的大敗を喫した悪夢の地である。サンウルブズも昨年、ここでチーターズと対戦した時には、92対17と大差で敗れています。

 魔物が住んでいるのではないかと思いたくなるようなこの結果は、高地で酸素が薄く、選手の疲労蓄積度も平地で行うのとは大きく異なるためだろう。

 したがって、今度も大敗かなあと思っていたが、11日(日本時間12日未明)の試合は大健闘だった。

  チーターズ 38 - 31 サンウルブズ

 高地での試合は、力の差が増幅されて点差に出てくる。そう考えれば、今季のサンウルブズの力は昨年よりも大きく向上していると受け止めるべきだろう。

 だが、勝てなかった。末端ファンのおじさんとしては、よくやったと思う一方で、惜しかったなあ、勝てたのに、ここで勝たなきゃ・・・とすぐに態度が変わってしまう。

あえて言わずもがなのことに言及すれば、観るスポーツとしてのラグビーの人気度を高め、ファン層を広げるには、善戦ではなく、勝つことが何よりも必要になる。

 濃い目のファンなら、敗れたとはいえ、随所に光るプレーを見せた選手たちに拍手を惜しまないだろう。ただし、本日の新聞の運動面を見ても分かるように、大相撲やWBCの記事が大きく扱われている一方で、ラグビーに関しては「サンウルブズ開幕3連敗」程度のあっさりした見出しで短く報じられているだけだ。 

www.sanspo.com それはそうだろうと思う。私が編集長だったとしても、負けたのなら短く載せておけばいいやといった判断になるだろう。

 勝つことで少しずつ注目度を高める。その積み重ねがいまは重要だ。2015年の秋に、関心度という点ではお先真っ暗だったラグビーに何とか多くの人が関心を持つようになったのは、W杯イングランド大会で、日本代表が南ア代表に予想もしなかった勝利をつかみ取ったからに他ならない。この勝利によって2019年W杯日本開催にも何とか期待が持てるようになった。

 あのときを思い出せば、日本代表は試合終了直前、3点差でペナルティを得た。FB五郎丸がPGを狙えば同点。つまり引き分けに持ち込める。それだって日本にとっては快挙である。

 だが、ジャパンは勝ちを目指してスクラムを選択した。あの決断。そして決断にいたる努力の蓄積。実はそんなことはまったく知らない日本国内の多くの人たちが「ラグビーもやるねえ」と関心を持つ。ルールなど知らなくても、面白そうじゃないのと振り向く。

 しつこいようだが、その積み重ねが大切になる。サンウルブズのスーパーラグビー参戦により多くの選手が本場のレベルを経験して力がついた。それはもちろん大切なことではある。ただし、2019年W杯という機会に向けて、ラグビー人気を高めるという観点に立てば、それだけではだめだ。このことは指摘しておかなければならない。

 サンウルブズはもちろん、日本代表ではないが、日本代表の強化の重要な手段としてチーム編成がなされ、疑似日本代表といった位置づけでファン層の拡大を目指す立場にもある。

 昨年は1勝13敗1分だった。1勝は貴重な実績ではあるが、実は相手のジャガーズが遠征の最後の試合で疲れ切ってへろへろになっているのに助けられ、何とか勝ったという試合である。それでもなお、たった1つでも勝った試合があったことでデビューシーズンは救われた。

 今年はもう1段、階段をあがろう。つまり、2勝しよう。ぜいたくはいわない。ただし、善戦だけではだめだ。

今回の惜敗はブルームフォンテーンの悪夢を払拭した。若手の活躍も目覚ましかった。選手の経験値が高まっている。こうしたもろもろの効果を考えれば、価値ある善戦として評価したい。それがラグビーファンの気持ちだろう。

 だが、そこまで入れ込んでいるファンは日本全国でもそうたくさんいるわけではない。好意的な評価に安住することなく、見るスポーツとしてのラグビーの魅力を高めるには、さまざまなプロモーション策があるのだろうが、それも試合での勝利体験を共有できる機会がなければ無駄になってしまう。

グラウンド上で激しくぶつかり合う心配のない末端ファンであり、一方で人は何に注目するかを考える仕事はうんざりするほど続けてきた賞味期限切れの記者(スポーツ記者じゃないけど)としては、しつこいようだが、この点は大いに強調しておきたい。

 

『いま資金を投入すれば将来負担は軽減』 IAS年次書簡2017 その3

  国際エイズ学会(IAS)の公式サイトに掲載されている2017年年次書簡『力強い科学 果敢なアクティビズム』の続き(3回目)です。「いまここで予防対策への資投入をためらっていたら、あとで大きなツケを払うことになりますよ」ということは前々から指摘されてきましたが、ここでは数字を示しながら重ねて強調しています。

 『HIVは終わっていないということ、そしていま撤退したのではこれまでの成果をすべて失い、すでに投じられている巨額の資金も無駄になってしまう』

 さんざん「エイズ流行終結」などと吹きまくっているからこういうことになっちゃうんだぞ! だれだって「エイズはもういいだろう」と思いたくなっちゃうよ!と、 私などはこの際、感嘆符をさらに3つくらいつけて言いたい気分ではありますが、ここは感情に走ることなく、IASの説明を聞きましょう。

 『欧州各国政府の多くは、他の資金需要を優先させるために、国際保健と開発への支出を縮小しています。エイズ資金の最大の供給源となってきた米国でも、赤字削減などいくつかの要因により、国際的なHIV対策への資金が大きく減ってしまう可能性があります。こうした困難の克服には、しっかりと計算したアドボカシーを続ける必要があるのです』

 残念ながら日本への言及はありませんが、国内のエイズ対策の現状を鑑みると、社会的に「エイズはもういいだろう」感覚はますます広がっている印象です。

 『資金配分の基準は国境ではなく、人であるべきです』

 この指摘も重要です。中所得国に関する言及ですが、日本国内でも一定程度あてはまるのではないでしょうか。現在進行中のエイズ予防指針見直しの議論をフォローしていくと、そんな印象も強く受けます。

 

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『いま資金を投入すれば将来負担は軽減』

http://www.iasociety.org/Annual-Letter-2017

 

 UNAIDSの推計によると、効果的なエイズ対策を実施するには2020年時点で少なくとも年間262億ドルが必要になります(注5)。2015年のHIV投資総額は190億ドルでした。エイズ資金は過去3年間、実質的に増えていない状態で、これまでの成果を持続できるかどうか、懸念されています(注1)。HIVの新規感染とエイズ関連の死亡をさらに減らしていくための必要額には遠く及びません。

 

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図 UNAIDS資金推計 2020年には年間262億ドル必要

 

 不可欠な資金を確保するための新たな財源の開拓が、私たちのコミュニティの大きな課題です。持続可能な開発目標(SDGs)に200項目近いターゲットが盛り込まれていることで分かるように、国際保健と開発にむけた優先課題は増え続けています。新たなエイズ資金を求め、そこに投資することが、いかに多くの開発課題の改善に役立つか。それを示せるような敏捷かつ着実なアドボカシーが必要なのです。

 エイズ対策を支えてきたのは、科学者、クライアント、保健医療従事者、コミュニティメンバーによるアクティビズムです。しかし、資金拠出国では、資金の増額を促す力になってきた草の根のエネルギーが失われようとしています。この流行がもたらす健康の脅威から次の世代を救うには、基本に立ち返る必要があります。HIVは終わっていないということ、そしていま撤退したのではこれまでの成果をすべて失い、すでに投じられている巨額の資金も無駄になってしまうことを政策決定者に再確認させるために、緊急の行動を一致して取りましょう。

 

安定的で持続可能な資金のための財源の強化

 この数年、HIV予防と治療のプログラムをまかなうための最も頼りになる財源はグローバルファンドと米大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)でした。HIVの医科学研究には米国立衛生研究所(NIH)、ビル&メリンダ・ゲイツ財団などが大きく寄与しています。こうした財源力のさらなる強化が、エイズ対策を前進させていくための軸になります。2016年には、グローバルファンドの今年から3年間の資金補充誓約が目標額に達し、近い将来の資金を担える見通しになりました。

 したがって、エイズ資金の供給源はしかりしているように見えるとはいえ、確実に調達できるかどうかという点では危うさも残っています。欧州各国政府の多くは、他の資金需要を優先させるために、国際保健と開発への支出を縮小しています。エイズ資金の最大の供給源となってきた米国でも、赤字削減などいくつかの要因により、国際的なHIV対策への資金が大きく減ってしまう可能性があります。こうした困難の克服には、しっかりと計算したアドボカシーを続ける必要があるのです。

 さらに国民所得のみで、援助資格を判断する考え方にも反対しなければなりません。HIVの影響が甚大なキーポピュレーションの人びとの多くは、中所得国に住んでいます。HIV関連のキーポピュレーションのニーズに対応している中所得国もありますが、多くはありません。資金配分の基準は国境ではなく、人であるべきです。

 

 国内のエイズ投資の拡大

 エイズ支出の総額はここ2。3年、下降気味ですが、HIV予防、ケア、治療プログラムに公的資金を投入する国は次第に増え、エイズ対策への国内資金は増加しています。もちろん、国内資金の増加は歓迎すべき傾向ですが、ほとんどの国の支出額はなお、あまりにも少なく、とりわけ一次予防に向けられる資金は少額であることも認識しておかなければなりません。

 

挿入コメント

 「抗レトロウイルス治療普及の努力は高く評価しています。しかし、第3選択薬の組み合わせによる治療は依然として受けることができません。すでに第2選択薬の組み合わせでは治療できない患者がいるので、これは急務です。ウイルス量のモニタリング費用は以前より下がってはいますが、患者によってはいまなお、高すぎて使えません」

 ハーマイン・メリ博士、IAS会員、カメルーンの保健医療従事者

 

 経済力とHIV流行の影響の大きさを勘案すると、ほとんどの国はまだ、エイズ対策に十分な額の公的予算を投入しているとはいえません。商品市場の多くが崩壊した後でも、サハラ以南のアフリカは経済成長を続けています。アフリカおよび世界の政策決定者は、HIV予防、ケア、治療のプログラムを支えるためにこの成長を活用すべきです。こうした投資は労働生産性を高め、将来の医療費支出を抑え、子どもの成長を助けることによって、15倍の経済リターンを生み出すことを認識すべきです(注9)。

 いまドナーの資金が減れば、各国が国内支出を増額しようとする意欲も失われ、これまでの投資も無駄になってしまいます。多くの国がここ数年で得られた成果を得られなくなるのです。国内資金を増額させたものの、それだけでは十分に流行の重荷から脱しきれない国にとっては、罰を受けるようなものです。

 

 保健医療人材への投資

 エイズ対策において、最も重要な資産は人です。保健システムがHIV陽性者を治療したり、HIVの新規感染を防いだりするわけではありません。人が行うのです。毎日働いている保健医療従事者は、しばしば大きな困難と闘いながら、HIV対策の最前線に立っています。しかし、その努力は十分に報われてはいません。

 

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  図 保健医療従事者不足 2016年720万、2035年1290万人

 

 多くの国で保健医療従事者は極端な供給不足にあります。不足する人材はすでに720万人に達し、2035年には1290万人に拡大すると推計されています(注9)。80以上の国で、人口当たり保健医療従事者数はWHO勧告の最低基準を下回っています。

 この人材不足を解消するためにできることはすべて行い、同時に現在の保健医療従事者を大事にしなければなりません。しかし、HIV感染とエイズ関連の死亡を減らすことを望みながら、そのために働いてくれる保健医療従事者を失うようなことがあまりにもしばしば、起きています。必要なツールを得られない保健医療従事者がたくさんいます。安い賃金で、しかも厳しい職場環境のもとで働いているのです。研修や教育は不適切で、昇進の機会もほとんどありません。

 

 

 

 

 

 

SPENDING NOW TO AVOID SPENDING MORE LATER

 

UNAIDS estimates that at least US$26.2 billion will be needed annually by 2020 to implement an optimally effective AIDS response5. In 2015, total HIV investments amounted to US$19.0 billion, and no meaningful increase in total resources for AIDS occurred within the past three years, raising concerns about our ability to sustain the gains we have made1. These trends leave us well short of what we need to drive further progress in reducing new HIV infections and AIDS-related deaths.

 

図 UNAIDS資金推計

 2020年には年間2620億ドル必要

 

Our community faces important challenges in working to mobilize essential new funding. The range of global health and development priorities is proliferating, as reflected in the nearly 200 targets of the Sustainable Development Goals. It will require nimble, steady advocacy to both make the case for new resources for AIDS and show how these investments improve multiple development priorities.

 

Activism by scientists, clients, healthcare workers and community members has sustained the AIDS response. But in traditional donor countries, the grassroots energy that helped propel funding increases has dissipated. If we hope to save the next generation from the health threats posed by the epidemic, we must get back to basics, uniting in an urgent effort to remind decision-makers that HIV isn’t over, and that pulling out now risks losing all the gains we have made and effectively wasting the unprecedented resources that have already been spent.

 

 

Strengthening sources of predictable and sustainable financing

 

For several years, the most reliable funding for HIV prevention and treatment programmes has come from the Global Fund and the US President’s Emergency Plan for AIDS Relief (PEPFAR). Funding pillars for HIV scientific research have included the US National Institutes of Health and the Bill & Melinda Gates Foundation. Moving forward, ensuring the continued strength of these funding sources will be pivotal to hopes for major progress on AIDS. The successful three-year replenishment of the Global Fund in 2016 offers encouragement that this essential funding vehicle will remain for the foreseeable future.

 

However, these seemingly solid sources of AIDS funding also confront potential threats to their viability. Many European governments have curtailed global health and development spending to accommodate new spending for other priorities. And in the US, historically the leading provider of AIDS financing, anticipated deficit reduction efforts and other factors could place sharp downward pressure on funding for the global HIV response. Strong, smart and sustained advocacy will be needed to meet these challenges.

 

Additionally, we need to push back against the growing notion that national income categories alone should determine eligibility for international support. Many of the key populations most heavily affected by HIV live in middle-income countries. Although some middle-income countries are addressing the HIV-related needs of key populations, many more are not. People, not national borders, should be the touchstone for how AIDS resources are allocated.

 

 

Increasing domestic investments in AIDS

 

Even as overall spending on AIDS has begun to decline over the past two to three years, domestic spending on AIDS has continued to increase as more and more countries are allocating public financing towards HIV prevention, care and treatment programmes. Yet while domestic spending has been a recent bright spot, most countries are still spending far too little, especially on primary prevention.

 

 

“We very much appreciate the efforts by the government and other partners to make antiretroviral therapy available throughout our country. However, third-line regimens remain unavailable. We urgently need to make these available, as we already have patients who are failing on second-line regimens. Although viral load monitoring is now less costly than it was, it remains a luxury for some patients.”

Dr. Hermine Meli, IAS Member

Healthcare worker, Cameroon

 

Analyses indicate most countries have yet to dedicate public sector funds to the AIDS response to a degree that corresponds with their economic potential and national HIV burden. Even following the collapse of many commodity markets, most economies in sub-Saharan Africa continue to expand. Decision-makers in Africa and other parts of the world need to leverage this economic growth to support HIV prevention, care and treatment programmes, recognizing that these investments generate 15:1 economic returns by increasing labour productivity, averting future medical expenses, and improving outcomes for children9.

 

Reducing donor funding now would further disincentivize countries from increasing their spending, and waste previous investments – leaving many countries unable to sustain or build on the gains made in recent years. It would also punish countries that have increased domestic resources but cannot yet afford the full burden of their epidemic.

 

Investing in the health workforce

 

In the AIDS response, people are our most important resource. Health systems do not treat people living with HIV or prevent new HIV infections. People do. The healthcare workers who labour every day – often against considerable challenges – are the front line of our response to HIV, and the response is serving them insufficiently.

 

図 保健医療従事者不足

 2016年720万人vs 2035年1290万人

 

In many countries, health workers are in extremely short supply. The workforce shortage, already estimated at 7.2 million, is projected to grow to 12.9 million by 203510. In more than 80 countries, the population-level density of health workers falls short of the minimum threshold recommended by WHO.

 

These shortages mean that we need to do everything possible to support and value the healthcare workers we have. Far too often, though, we fail the healthcare workers on whom we must rely if we hope to drive down new infections and AIDS-related deaths. Too many healthcare workers lack the tools they need, are underpaid, work in challenging environments, receive inadequate continuing education, and have few opportunities to advance in their field.

 

『3つの優先事項』 IAS年次書簡2017 その2

 国際エイズ学会(IAS)の2017年年次書簡『力強い科学 果敢なアクティビズム』の続きです。比較的短い第2章の『3つの優先事項』と第3章『HIV予防を真剣に考える』を日本語に訳しました。要約すると『HIV治療と予防の両方に一層、力を入れていく必要があり、それには資金をさらに増やしていかなければならない。ただし、資金には限りがあるので、その最大限の効果が発揮できるように工夫する必要がある』という主張ですが、それがなかなかうまくいかないのが世の中というものでもあります。

 予防としての治療(T as P)については、有効性を強調しつつも、『HIV治療だけでは不十分なことも次第に明らかになってきました:過去5年間、治療の普及率は着実に上がっていったのに予防の成果はあがっていません』と述べています。

 そんなこと前から言っているでしょと私などは顔をしかめたくなる気分ではありますが、ここではあえて「そらみろ」とは言うまい。IASが曲がりなりにもそうした現実的な認識に立っていることをまずは評価しましょう。

 『HIVに感染しやすくなるような社会的もしくは構造的要因を減らしていく「社会的ワクチン」を機能させる戦略が必要です。最も弱い立場に置かれている人たちの生活を改善することでHIV感染のリスクを減らしていく戦略です』

 ありそで、なさそな暇を見つけながらですが、さらに翻訳を進めていきましょう。

 

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3つの優先事項

 エイズとの闘うための目標を達成するには、他の保健、人権擁護活動と協力してこれまで以上に努力を重ねつつ、新たな創造的方法を生み出していく必要があります。今まで通りのやり方を踏襲していたのでは、新規感染とエイズ関連の死亡を減らすという目標に対し、失敗のレシピを提供するだけで終わってしまうのです。

 とりわけ、HIVエイズへの闘いを持続していける資金が確実に保証されなければ、目標の達成は望めません。必要額と実際に使える金額とのギャップは年々、拡大していく中で、HIV関係者は以下の3つの重点分野で協力していくべきです。

 

  • HIV治療とケアへのアクセス拡大に引き続き取り組むと同時に、不可欠なHIV予防戦略の規模拡大を重視し、限られたエイズ資金による戦略的な成果を高めていく。
  • HIVとの闘いに必要な資金を生み出す努力を倍増させる。
  • 治療薬および他のHIV予防、ケア、治療に不可欠な手段のコストをさらに引き下げる。

 

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 HIV予防を真剣に考える

 限られた資金で成果を高めるには、効果が証明されている予防戦略にあてる財源を拡大しなければなりません。UNAIDSの報告書によると、HIV感染の一次予防に向けられている資金は現在、エイズ支出全体の20%にとどまっています。予防サービスに25%をあてるという世界目標には届いていません(注1)。ドナーおよび各国がHIV治療の拡大に力を入れる一方で、HIV予防対策が弱くなっているのです。

 HIV予防に対する優先度が低いことで、心配されていた通りの悲劇が生み出されています。2010年以降、成人の新規HIV感染は減少していないのです。また、若い女性(15~24歳)の感染は、減少しており、それ自体は重要なことではあるのですが、減少率は6%と控えめな状態にとどまっています(注3)。UNAIDSの報告によると、南アフリカ、エジプト、ナイジェリア、ロシア、ウクライナなど人口の多い国々のいくつかでは、2010年から15年までの間に成人の新規HIV感染が増加しています。

 

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 検査アクセスの拡大やコンドームと潤滑剤の普及、焦点をしぼったHIV教育への投資は、資金の有効な使い道であるだけでなく、倫理的な観点からも大切です。引き続き子どもの新規感染排除を目指すことにも同じことが言えます。どこに住んでいるかに関わりなく、HIV感染のリスクにさらされているすべての人が、感染を防ぐ手段にアクセスできるようにならなければなりません。しかし、多くの国でHIV感染の予防対策の政策的な優先度が低下していることから、予防サービスへのギャップはむしろ広がっています(注1)。

 感染に対する脆弱性が最も高い人たちに届けることができなければ、予防プログラムは成功しません。努力してはいるものの、最も感染しやすい人たちを対象にすることができず、そのニーズに対応することもできない場合がしばしばあります。対象を絞り、予防対策を集中させていくにはどうしたらいいのか。方法をめぐる知識そのものはこの数年、爆発的に広がっています。それでも、流行の現実にあわせ、教訓を実際の予防対策に生かしていくことはできずにいるのです。

 HIV予防のための資金をただちに増やし、プログラムを強化する一方で、HIVに感染しやすい人たちには、自らのリスクを認識しリスク低減をはかっているかどうかに関わりなく、二次予防を提供する。そうした戦略への投資も必要です。

 

挿入コメント

 「予防はHIV陰性の人たちだけでなく、HIV陽性の人にも必要です。個人レベルでHIV予防の重要性を認識してもらうには、理解のある患者の助けを借りなければなりません」

 ロイス・マツル、IASメンバー、ジンバブエHIVに感染して生まれた24歳の女性

 

 長期持続型の曝露前予防投薬(PrEP)は、ユーザーに毎日の投薬を求めることなく成立する将来の予防戦略を約束するものです。しかし、多くの国で経口PrEPの普及さえ遅々として進まないという事実でも分かるように、この選択肢を必要とする人が利用しやすい環境を各国と医療提供者とコミュニティが積極的に準備をしていかない限り、長期持続型PrEPが確固とした公衆衛生上の成果を上げることはできません。セックスワーカー、男性とセックスをする男性、注射薬物使用者、トランスジェンダーの人たちといったキーポピュレーションにとって、PrEPが状況を大きく変える可能性はあります。ただし、それはPrEPの約束を実現させる効果的なプログラムが実施されれば、という条件付きです。機敏かつ持続可能な提供戦略が必要です。経口および注射によるPrEPを選択肢として示すことができれば、普及率は確実に上がっていくでしょう。

 自発的男性器包皮切除は男性のHIV感染を防ぐ包括的な予防パッケージの一部であり、HIV陽性の男性が減ることで間接的には女性への感染も防ぐことになります。ここでもまた、私たちの努力は十分ではありません。サハラ砂漠以南のアフリカの優先対策14カ国で、2015年に新たに男性器包皮切除の手術を受けた男性の数は前年より減っています。これは2007年に世界保健機関(WHO)が自発的男性器包皮切除をHIV予防の手段として推奨するようになってから初めてのことです。(注1)。

 HIV治療は二次予防のもう一つの有力手段です。しかし、HIV治療だけでは不十分なことも次第に明らかになってきました:過去5年間、治療の普及率は着実に上がっていったのに予防の成果はあがっていません。その典型的なケースがルワンダです:90-90-90ターゲット(注4)の達成に向けて着実に進んでいるように見えるのに、国内の年間新規HIV感染数は2011年から2015年までほとんど変わっていません。高い治療カバー率がありながら、HIVの感染が継続しているというこのパターンはオーストラリアでも同じです(注6)。HIV感染の二次予防の成果が出るのには時間がかかるでしょう。

 治療がもたらす予防への効果を十分に高めるには、アクセスを拡大し、治療カスケードのすべてにわたって改善を進めていかなければなりません。世界が年間新規HIV感染の減少軌道に戻るには、抗レトロウイルス薬(ARV)によるHIV感染リスクの低減とともに、一次的なHIV感染リスクを下げるための予防対策の強化が必要です。

HIVに感染しやすくなるような社会的もしくは構造的要因を減らしていく「社会的ワクチン」を機能させる戦略が必要です。最も弱い立場に置かれている人たちの生活を改善することでHIV感染のリスクを減らしていく戦略です。現金給付と教育へのアクセス拡大が10代の少女や若い女性のHIV感染リスクを下げることはすでにエビデンスとしてはっきり示されています。しかし、私たちが構造的介入策として理解していることと現実の世界で起きていることとの間には大きなギャップが口を開けています(注7)。HIV予防の構造的介入策の規模を拡大するには、エイズコミュニティが教育や社会保障、人権、司法など他分野の人たちと積極的に協力していく必要があります。

 

 

 

THE THREE PRIORITIES

 

While redoubling our efforts to work in partnership with other health and human rights advocates, we need new, creative ways of achieving our goals against AIDS. Business as usual is a sure recipe for failure in our quest to drive down new infections and AIDS-related deaths.

 

In particular, reaching our goals requires sufficient, predictable and sustainable financing for the fight against HIV and AIDS. As the gap between the amount needed and what is actually available widens year by year, HIV stakeholders must unite to take three key actions:

 

    Enhance the strategic impact of finite AIDS funding by prioritizing the scale-up of essential HIV prevention strategies as we work to continue expanding access to HIV treatment and care

    Redouble our efforts to generate the level of resources needed to combat HIV

    Further reduce the cost of medicines and other essential HIV prevention care and treatment tools.

 

 

 

GETTING SERIOUS ABOUT HIV PREVENTION

 

To improve the impact of finite resources, we need to increase financing for proven HIV prevention strategies. UNAIDS reports that only about 20% of current AIDS spending is focused on primary prevention – short of the global target of 25% for prevention services1. As donors and countries have focused on scaling up HIV treatment, the commitment to HIV prevention has waned.

 

The deprioritization of HIV prevention has yielded predictably tragic results. Since 2010, there has been no decline in new HIV infections among adults, and there has been only a modest, if still important, 6% reduction in new infections among young women (aged 15-24)3. From 2010 to 2015, UNAIDS reports that the number of new HIV infections among adults has increased in some of the world’s most populous countries, such as South Africa, Egypt, Indonesia, Nigeria, Russia and Ukraine1.

 

MAP

 

Investing in increased access to testing, condoms and lubricants and in targeted HIV education is not only money well spent, but is also an ethical necessity. The same is true about our continuing work on eliminating new infections among children. Every person vulnerable to HIV infection, no matter where he or she lives, deserves access to the means of protecting against HIV acquisition. However, as the priority given to HIV prevention has fallen, gaps in providing critical prevention services have widened in many countries1.

 

Prevention programmes are only successful if they reach those at greatest vulnerability. Too often, our efforts have not been sufficiently targeted and tailored to the groups most likely to become infected. In the past several years, we’ve seen an explosion of learning regarding optimal ways to target and focus prevention efforts, but we still often fail to put these lessons to use or to align our prevention efforts with the reality of the epidemic.

 

While taking immediate steps to ramp up spending and programming for HIV prevention, we need to invest in strategies that offer secondary protection to individuals who are vulnerable to HIV infection, regardless of whether they recognize their risk or take steps to reduce it.

 

“Prevention is not just for HIV-negative people but for HIV-positive people as well. We need to use the awareness of expert patients to help people understand at a personal level the importance of HIV prevention.”

Loyce Maturu, IAS Member

24-year-old woman born with HIV, Zimbabwe

 

Long-acting formulations of pre-exposure prophylaxis (PrEP) offer promise as a prevention strategy that does not require daily effort by the user. But, as the very slow uptake of oral PrEP in many countries shows, long-acting PrEP will only have a robust public health impact if countries, providers and communities are prepared to make this option readily available to those who need it. For key populations – sex workers, men who have sex with men, people who inject drugs, and transgender people – PrEP is a potential game-changer, but only if we translate the promise of PrEP into effectively targeted programmes. Smart, sustainable delivery strategies will be needed, and uptake will be most robust if people are offered a choice of PrEP options, including both pills and injections.

 

As part of a comprehensive prevention package, voluntary medical male circumcision offers men protection against HIV acquisition, and also provides indirect protection to women by reducing the number of men living with HIV. Here, too, however, our efforts are falling short of what is needed. For the first time since 2007 when the World Health Organization (WHO) began recommending voluntary medical male circumcision for HIV prevention, the number of men newly circumcised in 2015 was lower than in the previous year in 14 priority countries in sub-Saharan Africa1.

 

HIV treatment is another powerful form of secondary HIV prevention. But it is increasingly clear that HIV treatment alone is insufficient: the lack of progress on prevention over the past five years occurred at the very time that coverage for treatment was steadily rising. A case in point is Rwanda: though the country appears on track to reach the 90-90-90 treatment targets4, the annual number of new HIV infections was virtually unchanged from 2011 to 20155. The same pattern of high treatment coverage and persistent HIV transmission is apparent in Australia6. The impact of secondary HIV prevention will take time.

 

We will only fully leverage the prevention benefits of treatment if we continue expanding access and improving outcomes across the treatment cascade. To put the world back on track towards lowering the annual number of new HIV infections, the reduction in HIV transmission risks associated with antiretroviral (ARV) therapy must be coupled with an equally strong prevention effort that decreases the risks of primary HIV acquisition.

 

Strategies that mitigate social or structural factors that increase HIV vulnerability function as a “social vaccine”, reducing HIV risks by improving the lives of the most vulnerable. The evidence is now robust that cash transfers and expanded access to education reduce the vulnerability of adolescent girls and young women to HIV, but there is a yawning gap between what we know about structural interventions and what is happening in the real world7. Scaling up structural interventions for HIV prevention will require that the AIDS community collaborate with actors in other fields, such as education, social protection, human rights and law enforcement.

宗教宗派を超えて祈る 3.11追悼・復興祈願祭

 東日本大震災から6年となる3月11日午後、鎌倉の鶴岡八幡宮東日本大震災追悼・復興祈願祭」が行われます。

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              ◇
 3月11日の大震災から6年を迎えるその日、その時間。
 鶴岡八幡宮舞殿にて、鎌倉の神道仏教キリスト教が合同祈願をいたします。
 犠牲者を哀悼し、被災者のみなさまに思いを寄せて、鎌倉の神職、僧侶、司祭、牧師が心をひとつに祈りを捧げます。
 みなさまもどうぞご参集の上、ともにお祈り下さい。
※14時46分に、市内の寺院・教会の鐘が鳴ります。鶴岡八幡宮にいらっしゃれない方も、どうぞご一緒にお祈り下さい。
※祭事の前後に、境内にて【相馬ながれやま踊りJuniorの会】による「相馬流山踊り」(福島県南相馬市)の奉納があります。
    (鎌倉宗教者会議公式サイトから)

www.praykamakura.org

日時:平成29(2017)年3月11日(土)14:40~16:10ごろ
場所:鶴岡八幡宮(JR鎌倉駅から徒歩約15分)
 どなたでも参加できます。詳細は鎌倉宗教者会議の公式サイトでご覧下さい。
     ◇

 この追悼・復興祈願祭は東日本大震災から1カ月後の2011年4月11日に鶴岡八幡宮で開催され、今年で7回目となります。2回目以降は毎年3月11日に執り行われるようになり、会場も仏教寺院、キリスト教会、神社と移っています。鶴岡八幡宮が会場になるのは3回目なので、今回はいわば3巡目に入ったかたちですね。
 『鎌倉の神道仏教キリスト教の宗教者が宗教の違いを超えて集結し、追悼・復興祈願祭を執り行う』というこの貴重かつ重要な体験が基盤となり、2013年6月には鎌倉宗教者会議が設立されています。
 《歴史的な鎌倉文化圏を地盤とする宗教者が、宗旨・宗派を超えて手を取り合い、豊かな「宗教都市・鎌倉」の実現を目指します。「祈る心」を伝え、育てていくことにより、鎌倉市民を始めとする人々の平安を実現し、豊かな精神生活に寄与することを目的といたします》 (公式サイトの「鎌倉宗教者会議とは」から)。

 

このままでは選べない グローバルファンド次期事務局長の選出、今年後半に持ち越し

 今年5月31日で退任する世界エイズ結核マラリア対策基金(グローバルファンド)のマーク・ダイブル事務局長の後任選考が難航しています。2月27日の理事会で次期事務局長を選出する予定だったのですが、理事会では結論が出ず、決定は今年後半に持ち越されました。グローバルファンド日本委員会の公式サイトによると『次期事務局長が選出されるまでは、現在ナンバー2である官房長をのマライケ・ヴェインロクス氏が事務局長代行』を務めるということです。 

fgfj.jcie.or.jp

 なんでこうなるの!? と欽ちゃん走りしちゃいそうな展開ですね。ニューヨークタイムズの2月15日と28日の記事が背景を報じています。かいつまんで紹介しましょう。
 次期事務総長候補の絞り込みはノミネート委員会が担当し、多数の応募者の中から10人に絞り込んだ候補者をさらに3人に絞って、理事会に報告しました。


 ムハマド・アリ・ペイト氏(ナイジェリア元保健相)
 サブハヌ・サクセナ氏(シプラ社元CEO)
 ヘレン・クラーク氏(UNDP総裁、ニュージーランド元首相)

 この3人の中から27日に理事会が選出することになっていたのですが、クラーク氏は選出過程を不満として辞退し、残る2人のどちらか・・・と思っていたら、理事会で、いまは選べないという結論になりました。もう一回、選考をやり直し、年内には決定するということです。

 ここからは、私の推測もかなり入っていますが、どうも米国のトランプ政権発足がこの事態にかなり影響しているようですね。ニューヨークタイムズの記事によるとペイト氏はイスラム教徒で、大統領選当時からトランプ氏についてはツイッターなどでかなり批判していたということです。ヘレン・クラーク氏はUNDPのトップだし、サクセナ氏は国境なき医師団とも協力して事業を展開していたということです。米国はグローバルファンドへの最大の資金拠出者なんですが、トランプ大統領は国連に批判的であり、米国の国際援助資金のカットを表明してはばからない方なので、最後に残った候補者の誰一人としてトランプ新政権との相性がよさそうな方はいません。

 また、今回の選考に対しては、グローバルファンドの理事会のうち、資金を受けて事業を実施する立場の国やNGO側の代表から、プロセスをもっと透明化してほしいという要望も出ていました。候補者を事前に発表し、公聴会を開いて直接、意見を聞ける機会を設けるといったプロセスで、昨年の国連事務総長選出の際に採用されたプロセスとほぼ同じようなイメージでしょうか。

 仕切りなおしとなった選考プロセスがどのようになるのかはちょっとまだ分かりませんが、最短でも半年はかかりそうです。どんな人ならいいのか。ダイブルさんに引き続きやっていただくわけにはいかないのか。いかないでしょうね。というわけで、グローバルファンドも大変ですが、おそらくそれは氷山の一角、2017年は世界中のあちらこちらで試行錯誤が続く1年になりそうです。

 

Only Yesterday というか Yesterday Once More というか・・・

 あまり認めなくないけれど、記憶力が激しく減退しています。ちょっと調べ物をしていたら、あちゃ~。ほんの1年前のことだというのに・・・。

 まずは当ブログ2月13日付けの書き込み。

 《内容的にはこれまでのメッセージの繰り返しですが、T as Pだとか、PrEPだとかに入れ込み気味の時期にまたどうしてわざわざ声明なのか・・・と思って訳して見たら、冒頭にでてきました。バレンタインデー前日の2月13日が国際コンドームデー(International Condom Day)ということで、それにあわせた声明です》 

miyatak.hatenablog.com


 で、1年前の2016年2月14日はどうだったかというと・・・。

《世界のあちらこちらでHIV治療に取り組むお医者さんや製薬関係者が、T as P、T as P(予防としての治療)・・・と熱に浮かされたように唱え、日本国内ではそれを真に受けて(というか一段と曲解して)コンドーム普及にはもはや効果は期待できないといわんばかりの発言を繰り返す保健関係者も出てくる(ごく一部だけど)中で、なんでまたこの時期にコンドーム普及の声明なの?と思ったら、2月13日は国際コンドームデーなのだそうです》

miyatak.hatenablog.com

 ほとんど同じことの繰り返し。しかも、1年前に国際コンドームデーを紹介したことなどすっかり忘れ、今年もまた、へぇ~、そうなんだ、という感覚。困ったね、まったく。ぶれない・・・と言えば聞こえはいいけど、これじゃあ年寄りは話がくどいと言われても致し方ないか(年齢よりもむしろ、垂れ流しで書いている安易な姿勢の結果じゃないの)。どっちにしても、つらいか。

 

力強い科学、果敢なアクティビズム  国際エイズ学会(IAS)年次書簡2017

 国際エイズ学会(IAS)の公式サイトに2017年の年次書簡が掲載されました。時期的に見て年頭にあたってのメッセージという感じでしょうか。その冒頭のオーウェン・ライアン事務局長あいさつの日本語仮訳です。

《地球上のいくつかの地域がナショナリズムと外国人嫌悪へとシフトしつつあるという懸念の中で、私たちの世界的な闘いの将来はどうなるのでしょうか。同時代における最大のパンデミックと闘い、獲得してきた成果がするりと手の内から滑り落ちてしまうのでしょうか》

世界の現状に対するかなり厳しい認識が示されています。当然というべきでしょうか。2016年の「エイズ終結に関する国連総会ハイレベル会合」からまだ1年もたっていません。どうなるのか。書簡の表紙写真の女性のマスクには、ACT UPのスローガン

『SILENCE=DEATH』のピンクトライアングルが書き込まれています。

科学とアクティビズムの連帯。それはそれで力強くはあるのだけど、私などはその「連帯」のしかたが科学に引きずられすぎているような印象もぬぐえません。事務局長メッセージには賛同しつつも、書簡全体で現状をどうとらえているのか、そのあたりを見ていく必要もありそうです。ちょっと長いけど時間を見つけながら全文を少しずつ訳していくか。

 

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力強い科学、果敢なアクティビズム

 国際エイズ学会(IAS)年次書簡2017

http://www.iasociety.org/Annual-Letter-2017

 

2017年を行動の年に

親愛なるIASメンバー、パートナーの皆さん

 2017年の年頭、私たちのコミュニティは心配と不安でいっぱいでした。政治的、社会的な変化は期待を裏切り続け、前途に何が待ち受けているのか、まったく予想ができなくなってしまうのではないか。人権について、難民や移民の窮状について、ジェンダーの平等について、そして人としてかわした約束の効力について、心配なことばかりです。

 そのどれもが私たちのHIVとの闘いに深く関わっています。HIV/エイズはまさに変化を糧に世界に広がる感染症であるからです。

 地球上のいくつかの地域がナショナリズムと外国人嫌悪へとシフトしつつあるという懸念の中で、私たちの世界的な闘いの将来はどうなるのでしょうか。同時代における最大のパンデミックと闘い、獲得してきた成果がするりと手の内から滑り落ちてしまうのでしょうか。

 いいえ、そんなことはありません。少なくとも、いまはまだ、そうなっていません。

  不安と懸念のまさにその中にあって、ようやく勝ち得た成果を守ろうとする動きが起きています。世界各地で何百万という人が1月のウーマンズマーチに加わりました。助けを必要とする人たちを危険視したり、孤立させたりするような新たな世界秩序に決然と反対し、無関心ではいられないという大きな意思を示したのです。

 私たちは歴史を観察したり、生き延びたりしているだけではありません。そうではなく、歴史をどう作るのか、その方法を知っていることも活動を通して明らかにしてきました。それが私たちの強みです。単なる歴史の旅行者ではなく、コンダクターでもあるのです。

 2016年が目覚ましい成果をあげた年だったことを忘れてはなりません。世界エイズ結核マラリア対策基金は、今年から3年間の資金が補充されました。エイズ終結に関する国連総会ハイレベル会合では、すべてのレベルでエイズと闘うことを世界が約束しました。第21回国際エイズ会議(AIDS2016)が南アフリカのダーバンで開催され、再びHIV/エイズ分野の歴史的な会議となりました。

 長時間作用型抗レトロウイルス薬開発、南部アフリカにおけるこの10年で初の大規模HIVワクチン臨床試験開始、HIV治療を受けている人が1800万人を突破、世界保健機関(WHO)勧告にも後押しされたHIV自己検査の普及拡大など、さまざまな分野で私たちは引き続き成果をあげています。

 ダーバンへの帰還は、2000年の治療アクセス運動の誕生から私たちがどれほど大きな成果をあげてきたのか再認識する機会となり、エイズコミュニティは再会と再生を果たしました。AIDS2016にはエイズ会議史上最多の若者が参加し、その若いリーダーたちによって科学とアクティビズムの団結は一段と強固なものになりました。

 しかし、ダーバンは注意喚起の機会でもあります。UNAIDSが発表した報告書は、国際的な予防対策の成果があがっていないことを警告しています(注1)。資金動向に関する別の報告書は、国際ドナーがエイズから離れつつあるという恐るべき事態を指摘しています(注2)。キーポピュレーションのニーズにどう対応するかをめぐり、国連ハイレベル会合で国際社会の議論が大きく揺れ動いてからわずか数週間後には、こうした問題が指摘されているのです。

 2016年が自己満足に対する警告の年だったとしたら、2017年はエイズコミュニティが自らの課題を受け止め、医学研究とコミュニティのリーダーシップがもたらした歴史的なチャンスをつかみ取るために、決意を新たにする年としなければなりません。

 また、今年は多分野と真に連帯すべき年でもあります。初の国連ハイレベル会合に向けて準備を進める結核コミュニティ;グローバル・ギャグ・ルール復活に反対して闘うセクシュアル・アンド・リプロダクティブ・ヘルスアンドライツ(性と生殖の健康と権利)コミュニティ;手頃な価格の治療薬へのアクセスを拡大し、予防可能な疾病による死亡を減らすべく闘っている肝炎コミュニティ;私たちが生きているうちにHIV、がんの治癒実現を目指す、がんコミュニティ、と連携していかなければなりません。最終的にわたしたちすべてが一つの国際保健コミュニティの一員として、人権と社会正義を実現し、健康を追求するために連帯していく必要があります。

 今年7月には第9回国際エイズ学会HIV基礎研究・治療・予防会議(IAS2017)が、パリで開催されます。HIV研究史上で最も重要なブレークスルーのいくつかが生まれた都市です。この会議こそが、内向きになる世界と闘い、トンネルの向こうに光が見えてきたこの瞬間に、何千万というHIV陽性者およびHIVに影響を受けている人びとへの信義を守る最も重要な機会となるでしょう。

 パリで皆さんにお会いできることを期待しています。

 

 IAS事務局長、オーウェン・ライアン

 

 

 

STRONG SCIENCE, BOLD ACTIVISM

 

Making 2017 a year of action

 

Dear IAS Members and Partners

 

As 2017 begins, our community is anxious and concerned. Political and societal changes continue to upend our expectations and generate uncertainty about what is ahead of us. We worry about human rights, the plight of refugees and migrants, progress towards gender equality, and the strength of our commitment to each other as human beings.

 

Deeply wrapped up in all of this is our fight against HIV – a disease that has shown itself adept at exploiting the very changes that seem to be dominating our world.

 

As corners of the planet shift towards nationalism and xenophobia, we wonder where the future of our global cause lies. Is the progress we have made against the greatest pandemic of our time slipping through our hands?

 

 

No, it’s not – at least not yet.

 

In the midst of this anxiety and uncertainty, we’ve seen action and defiance against rolling back hard-won gains. The millions of people who participated in Women’s Marches around the world in January are proof that apathy doesn’t rule, that a collective determination is there to resist a new world order that demonizes and isolates those in need.

 

Our movement has shown that we know how to make history, not merely observe or survive it. That is our strength. We are not history’s passengers. We are its conductors.

 

And let’s remember: 2016 was a remarkable year for our work. In those 12 months: The Global Fund to Fight AIDS, Tuberculosis and Malaria was replenished; the world demonstrated its political commitment at all levels to fight AIDS at the United Nations General Assembly High-Level Meeting on Ending AIDS; and we returned to Durban for the 21st International AIDS Conference (AIDS 2016) for a, yet again, historic meeting on HIV and AIDS.

 

Continued progress can be seen across our work – in the development of long-acting antiretrovirals; the launch of the first large-scale HIV vaccine trial in southern Africa in nearly 10 years; the more than 18 million people receiving HIV treatment; and growing momentum for the scale-up of HIV self-testing, spurred in part by the World Health Organization’s (WHO) recommendation.

 

The return to Durban reunited and rejuvenated the AIDS community, reminding us how far we have come from the birth of the treatment access movement in 2000. AIDS 2016 sparked a revitalized union between science and activism led by a new generation of leaders as demonstrated by one of the largest youth participation levels ever seen at an AIDS conference.

 

But Durban was also a wake-up call. UNAIDS released an alarming report detailing how our prevention efforts have faltered1. And a separate report on funding trends gave rise to genuine fears that international donors are moving on from AIDS2. These signs of trouble came only weeks after the global community wavered in its commitment to address the needs of key populations at the UN High-Level Meeting.

 

If 2016 served as a wake-up call from complacency and premature congratulations, 2017 must be the year when the AIDS community confronts our challenges and renews our determination to grasp the historic opportunities that scientific research and community leadership have given us.

 

This must also be the year we truly join arms with our colleagues in other disciplines. We must align our cause with the TB community as it prepares for the first-ever High-Level Meeting on TB at the United Nations; with the sexual and reproductive health and rights community as it grapples with the reinstatement of the Global Gag Rule; with the hepatitis community as it works to increase access to affordable medicines and reduce mortality to preventable illness; and the cancer community as we together look for a cure to end HIV and cancer in our lifetimes. Finally, we must all as one global health community work to solidify and entrench human rights and social justice in the pursuit of health.

 

In July this year, we reconvene for the 9th IAS Conference on HIV Science (IAS 2017) in Paris, the home of some of the most important breakthroughs in HIV science. The meeting offers a critical opportunity for our community to resist a world turning inward, and to demand that at this pivotal moment – when we can actually see the light at the end of the tunnel – we must keep faith with the tens of millions of people living with and affected by HIV.

 

I hope to see you there.

Sincerely

 

OWEN RYAN

IAS Executive Director